ブログ:アドバン文章講座

文章の書き方基礎講座としてブログを更新中です(現在のところ閲覧無料)。

文章の書き方を学ぶ、また、添削のポイントを知るために、ぜひご一読ください。内容は順次追加していきます。

*以下、ブログは適宜更新されますが、ジャンルに応じて、上のメニューに分類・追加されます。

 New articles are to be added below and then sorted into the above categories.

 


全体の構成:さまざまなパターン(メモ)

このカテゴリー「全体の構成」では、これまでにまだ「①事実列挙だけ型」しか挙げていません。

以下、今後の展開のためのメモのようなものです。内容や名称は変更になるかもしれません。

 

①事実列挙だけ型

②「事実列挙」+「結論」(「本論」+「結論」)

③「結論を含まない序論」+「本論」+「結論」

④「結論を含む序論」+「本論」+「結論」

 

クリティカル・レビュー

「サマリー」「コンセッション+問題提起(結論)」「本論(コンセッション含む具体的な検討)」「結論」

 

学術論文

「アブストラクト」「序論(問題提起+仮説)」「先行研究」「本論+結論」「ディスカッション」「今後の検討課題」

 

起承転結(ブログ、ブログ的ニュース)

 「起」:文章の始め方の、様々な、でもよくあるパターン

      eg. 会話で始める。何かの事件の情景描写で始める

 

ある程度、文章のジャンル別に、考えられる構成のパターンをまとめる。


接続詞・接続語:テレビのアナウンサーの独特な文法

テレビのニュースを見ていたら、アナウンサーがこんな言い方をしていました。

 

(例文1)

「続いては、埼玉県浦和市でタバコの不始末による大火事が発生いたしました。」

 

まあ、ニュースを読んでいるというシチュエーションの中での、なおかつ話し言葉ですから、これも許されるのだと思いますが、文章としてはちょっとヘンです。

「続いては」という接続語(接続する役割の言葉)が、「大火事が発生いたしました」に、うまくつながっていません。

 

(例文2。例文1を書き直してみたもの)

「続いては、埼玉県浦和市でタバコの不始末による大家事が発生したニュースです。」

 

といった感じでしょうか。

これまた細かい話かもしれませんが、テレビのしゃべり言葉はあまり文章の参考にしない方がいいという例です。

■まとめ

ニュースアナウンサーの話し言葉はそのまま文章には使えないこともある。


レトリック:広告コピーは「特殊な文体」

電車の中で見かけた広告です。

 

(例文1)

日本の料理がやさしいのは、

砂糖がやさしかった

のかもしれない。   (お歳暮ギフトセンター)

 

広告のコピー(文章)は、文法などをわざと無視したものが少なくありません。

(例文1)も、普通の日本語の文章としてはちょっとヘンです。

でもそのように、わざとヘンな文章を使って、インパクトを強めることを狙っています(と思います)。

 

(例文1)を普通の書き方に戻すならば、

 

(例文2。例文1を書き直してみた例)

日本の料理がやさしいのは、料理に使っている砂糖がやさしいからなのかもしれない。

 

といった感じになるでしょうか。でもこうすると広告のインパクトは損なわれるかもしれません。

特に(例文1)にある「砂糖がやさしかった」という部分の「かった」という過去形。

これは文法では説明できませんが、なんとなくコピーに味を与えているような気もします。昔からの日本料理の伝統を暗示しているというか……。

 

でももしかしたら、書いた人は、文法的に間違いでないと思ってたりして……。

 

いずれにせよ、「広告コピーは特殊な世界」です。クライアント(広告主)がOKと言えば、文法的に間違っていてもOKになります。

 

真似をする時はくれぐれも慎重に。

■まとめ

広告コピーは特殊な文章。真似する時は慎重に。


長い文:1つの文にいろいろな内容を詰め込まない

1つの文が長くなるとわかりにくくなる場合が多くなると書きました。

ちょっと整理しますと、

 

・主語などの行き先がなくなり、文法的にヘンな、ねじれた文になる

・1つの文に複数の内容が書かれていて、意味がわかりにくい、あるいは流れが悪い

 

という2つのケースが多いようです。

 

後者の、「1つの文に複数の内容が書かれている」例を、既にこれまでに出てきた例文ですが、以下にあらためて挙げておきます。

 

(例文1)

  わかりやすいユーザーインターフェイスの開

発により今までインターネットの情報とは疎遠

だった人々にもより多くの機会を提供でき、ま

た高齢者向けのスマートフォンサイトなども充

実させていくべきだと思いました。

 

(例文2)

  我々は今後、少子高齢化問題についてより実践

的な対策を考えなければならず、まず少子化にお

いては、保育施設の拡充が課題として挙げられる。

現在、東京都の保育施設の数は、決して十分とは

いえない。

 

いずれも、長くなっている文を途中で終わらせてしまって、2つの文に切ってしまえばすっきりします。

 

(例文3。例文1の修正例)

  わかりやすいユーザーインターフェイスの開

発により今までインターネットの情報とは疎遠

だった人々にもより多くの機会を提供できます。

また高齢者向けのスマートフォンサイトなども

充実させていくべきだと思いました。

 

(例文4。例文2の修正例)

  我々は今後、少子高齢化問題についてより実践

的な対策を考えなければならない。まず少子化に

おいては、保育施設の拡充が課題として挙げられ

る。現在、東京都の保育施設の数は、決して十分

とはいえない。

 

何度も繰り返しますが、「長い文」は切るだけでびっくりするほどわかりやすくなります。

■まとめ

1つの文にいろいろな内容が混在しないように。長い文は切る。


長い文:「とにかく短い文が良い」というわけではない

駅のポスターに書かれていた文章です。

 

(例文1)

「時間に余裕をもって次の電車をお待ちくださいますようお願いいたします。」

 

一見問題無いようにも思えます。でもよく読むと、

 

「時間に余裕をもって」→「次の電車をお待ちください」というのは大丈夫でしょうか。

 

「時間に余裕をもって次の電車を待つ」? 意味を考えると、ちょっと違和感があります。

 

もしかしたらこれは、

 

(例文2。例文1の内容を推測して書き足したもの)

「通勤・通学時は常に時間に余裕を持つようにし、発車間際の電車にあわてて飛び乗らずに次の電車をお待ちくださいますようお願いいたします」

 

ということなのではないでしょうか。(例文1)は(例文2)をかなり省略して書いていることになります。

でもこれだけ推測できるということは、(例文1)でもOKということかも???

 

省略しても意味が通じるのは、日本語の不思議な、あるいは便利な一面だと思います。ですので(例文1)でもギリギリ大丈夫かもしれません。ですが、会社や学校で書く文章の場合は、あまり省略しないで丁寧に書くのが基本だと考えておいた方がいいでしょう。長くなってしまいますが、(例文2)のように書いた方がいいと思います。

 

 

もう1つ。

 

(例文3)

 このビタミンは豚肉に豊富に含まれていま

す。豚肉が苦手な方は、カツオ、うに、いく

らなどにも含まれています。

 

(例文3)は2つの文からできていますが、問題は2つ目の文です。

 

「豚肉が苦手な方は、カツオ、うに、いくらなどにも含まれています。」

 

前の文から読んでくれば、言わんとしていることはわかります。

でも、「苦手な方」が「含まれている」という構造になっているのは、あまり気持ちのいいものではありません。

 

この文章も、やはりたくさん省略されています。

 

決して重箱の隅をつつきたいわけではないのですが、会社や学校で文章を書く時は、このような書き方にならないように注意しましょう。

 

(例文4。例文3の内容を推測して書き直してみたもの)

 このビタミンは豚肉に豊富に含まれていま

す。カツオ、うに、いくらなどにも含まれて

いますので、豚肉が苦手な方は、それらを料

理に取り入れるのもいいでしょう。

 

「長い文は良くないことが多い」ことをずっと解説してきていますが、今回は、「短くすればいいってもんじゃない」ということでした。

■まとめ

日本語はいろいろと省略可能だが、基本は「丁寧にわかりやすく」。


長い文:長い文はねじれた文になりやすい

今回は復習問題みたいな感じです。

 

(例文1)を読んでみてください。

 

(例文1)

 近年、業績不振に苦しむ国内メーカーを中心に

リストラが進み、将来に不安を感じた技術者の多

くが、給与など好待遇の条件を示す韓国の▲▲電

子や台湾の■■精密工業などへ転職が相次いだ。

 

「長い文」は「ねじれた文」になりやすくなります。

 

(例文1)の後半部分の主語・述語関係を考えてみると、

 

主語:「技術者の多くが」

述語:「転職が相次いだ。」

 

となっており、つながりがヘンです。例えば述語部分を変えて、

 

「技術者の多くが」→「相次ぎ転職した。」とすればつながりはOKです。

 

(例文2。例文1を修正したもの)

 近年、業績不振に苦しむ国内メーカーを中心に

リストラが進み、将来に不安を感じた技術者の多

くが、給与など好待遇の条件を示す韓国の▲▲電

子や台湾の■■精密工業などへ相次ぎ転職した。

 

となります。

 

■まとめ

主語・主部がきちんと最後の方につながっているか読み直して確認。


長い文:文を区切る場所と、内容の順番

次の例文を読んでみてください。

 

(例文1)

 4月の新車販売台数は前年同月比5.5%減の

34万5226台だった。原因は消費増税前の駆け

込み需要の反動で、8カ月ぶりに前年実績を

下回った。

 

消費税率が変わった時の、ちょっと古い文章です。

 

文法的には問題無いと言ってもいいと思います。ただ、内容から考えると、文を切る場所がこれでいいのか、少し疑問が残ります。

 

(例文1)を分解してみます。内容からすると、3つに分けられるのではないでしょうか。

 

①4月の新車販売台数は前年同月比5.5%減の34万5226台だった。

②原因は消費増税前の駆け込み需要の反動で、

③8カ月ぶりに前年実績を下回った。

 

この3つです。①が1つの文で、②と③で1つの文になっています。

上にも書きましたように、この(例文1)は、文法的には間違いとは言えませんが、文を切る場所を変える、あるいは、内容を述べる順番を変えた方が気持ちいいと思われます。

①と③はともに新車の販売台数に関して客観的な現象(数値)を述べており、しかもその内容はつながっています。ところが、その理由を述べる②が、①と③の間に割り込んできていて、少々気持ち悪い構造になっています。

 

そこで、①→②→③と並んでいるのを①→③→②と並べ替えると、

①4月の新車販売台数は前年同月比5.5%減の34万5226台だった。

③8カ月ぶりに前年実績を下回った。

②原因は消費増税前の駆け込み需要の反動で、

 

となります。

きちんとした文章に戻すには、「①と③と②をバラバラの文章にする」方法と、「①と③を1つの文にし、②を1つの文にする」という方法がありそうです。

ここでは後者の方法で、文章を作ってみます。違いがわかりやすいように、もう一度(例文1)も並べます。

 

(例文1)

 4月の新車販売台数は前年同月比5.5%減の

34万5226台だった。原因は消費増税前の駆け

込み需要の反動で、8カ月ぶりに前年実績を

下回った。

       ↓ 

 

(例文2。例文1を書き直したもの)

 4月の新車販売台数は前年同月比5.5%減の

34万5226台で、8カ月ぶりに前年実績を下回

った。原因は消費増税前の駆け込み需要の反

動だ。

 

こちらの方が、流れとしてはすっきりするのではないでしょうか。「(例文1)の方がいい」がという人がいても、反対はしませんが。。。

 

ポイントとしては、

★内容を並べる順番や文の区切りは、意味の区切りを考えてわかりやすく

ということになります。

 

次は少し違う例です。

 

(例文3)

 列車は定刻通り午後3時に東京駅を出発し、

車内は帰省を急ぐ乗客であふれかえっていた。

乗車率は100%を超えていたのではないだろう

か。

 

これも間違いとは言えない文章です。

ただ、分解すると、ここで書かれている内容は、

 

①列車は定刻通り午後3時に東京駅を出発し、

②車内は帰省を急ぐ乗客であふれかえっていた。

③乗車率は100%を超えていたのではないだろうか。

 

の3つです。そして、①と②がくっついて1つの文になっています。

しかし、どちらかというと②と③の内容の方が似ています。②も③も車内に客が多かったことを述べています。

ですので、①と②をくっつけて1つの文にするよりも、②と③をくっつけて1つの文にした方がいいように思われます。

しか〜〜し、またまた難しいのですが、②は客観的描写であり、③は筆者の予測のようなことが書かれています。ですので内容的には同じようなことでも、②と③を1つの文にするのは、これはこれでまた難しい感じです。

 

ということで、解決法としては、①と②と③をバラバラにして、3つの文にしてしまうということが考えられます。

 

(例文4。例文3を修正したもの)

 列車は定刻通り午後3時に東京駅を出発した。

車内は帰省を急ぐ乗客であふれかえっていた。乗

車率は100%を超えていたのではないだろうか。

 

いかがでしょうか。でも、やはり「(例文3)の方が好き」という人がいても、反対はいたしません。

 

もうちょっと極端な例を挙げてみます。

 

(例文5)

 我々は今後、少子高齢化問題についてより実践

的な対策を考えなければならず、まず少子化にお

いては、保育施設の拡充が課題として挙げられる。

現在、東京都の保育施設の数は、決して十分とは

いえない。このため働きながら子供を育てたいと

思っても……

 

これを分解すると、

 

①我々は今後、少子高齢化問題についてより実践的な対策を考えなければならず、

②まず少子化においては、保育施設の拡充が課題として挙げられる。

③現在、東京都の保育施設の数は、決して十分とはいえない。

④このため……

 

(例文5)では、①と②がくっついて1文になっています。しかし、①で「少子高齢化」の話を出して、②と③と④で、「少子高齢化」の一部である「少子化」の話を展開しています。ですので、①と②は内容から考えて、1つの文にはしないで、2つの文に切ってしまった方がすっきりします。

 

(例文6。例文5を書き直したもの)

 我々は今後、少子高齢化問題についてより実践

的な対策を考えなければならない。まず少子化に

おいては、保育施設の拡充が課題として挙げられ

る。現在、東京都の保育施設の数は、決して十分

とはいえない。このため働きながら子供を育てた

いと思っても……

 

つまり、最初の文を2つに切っただけです。これだけで随分わかりやすくなるのです。

■まとめ

意味や役割の違うものをくっつけて1つの文にしない。書く順番にも配慮。


長い文:1文が長くなったら思い切って複数の文に分ける

わかりやすい文章を書く上での重要なテクニックの一つが、

「1文が長くなったら思い切って複数の文に分けてしまう」

です。

 

1つの文が長くなると、文の前の方と後ろの方の結び付きがうまくいかなくなるなど文法的におかしくなりがちです。「文がねじれてしまう」と言うこともあります。また、文法的にはおかしくなくても、1つの文が長くなると、内容がごちゃごちゃしてわかりにくくなることが多くなります。

 

1つの文が長くなったら、あるいは長くなりそうになったら、思い切っていくつかの文に分けてしまいましょう。

これは、本当に有効で、大事なテクニックです。わけのわからない文も、途中に「。」を入れて文を切ってしまうと、びっくりするほどわかりやすくなることがよくあります。

 

長い文の具体例は、これまでにも既にいくつか出てきていますが、例えば次の(例文1)を見てください。

 

(例文1)

 わかりやすいユーザーインターフェイスの開

発により今までインターネットの情報とは疎遠

だった人々にもより多くの機会を提供でき、ま

た高齢者向けのスマートフォンサイトなども充

実させていくべきだと思いました。

 

この(例文1)では、1つの文に2つの内容が書かれています。また、それぞれの内容は、似ているけれども違うことです。2つに切ってしまいましょう。

 

(例文2。例文1を修正したもの)

 わかりやすいユーザーインターフェイスの開

発により今までインターネットの情報とは疎遠

だった人々にもより多くの機会を提供できます。

また高齢者向けのスマートフォンサイトなども

充実させていくべきだと思いました。

 

 

こんな感じです(実際には、前後の文章によって、修正の仕方は変わってきます)。

■まとめ

1つの文が長くなったら、「。」で切って、いくつかの文に分ける。


概説:カタカナ言葉の是非

前回書いた内容と一部重複しますが、今回はカタカナ言葉について、少々検討しておきたいと思います。

 

もう随分昔になりますが、私が大学を卒業し就職した頃、「コンセプト」という言葉が流行りました。意味がよくわからないまま、誰もが適当に、またいろんなところでこの言葉を使っていたように思います。今でも使われていますが、「概念」とか「基本的考え方」といった意味に落ち着いているように思われます。

 

やや最近で、理解できなかったのが「コミットメント」という言葉です。いや、これは今でも理解できていません。それからどこかの党が使い始めた「マニフェスト」。これは「公約」とどう違うのでしょうか。

 

「ビッグデータ」「マイクロファンディング」などといった専門用語は、新しい言葉ではありますが、その意味をしっかり調べれば使うのも問題ないと思います。しかし、「コミットメント」などという、そもそも何か具体的なものを指している用語でない場合は、とても困ってしまいます。それをマスコミが垂れ流し、一部の人々が喜んで使うようになると、もう、「知らない」とは言えない、言うと恥ずかしい、といった困った状況になってしまいます。

 

「コンプライアンス」というのも微妙なところですね。でも、もう誰かが流行らせてしまったので、意味を確認しておかねばなりません。今、Googleで調べたら、「企業が法令や規則を守ること。法令遵守」と書かれていました。

 

カタカナ言葉は使うべきではないとは言いません。でも、使う場合は自分が意味をわかっているかを再度確認したいものです。そして、できれば、その言葉の意味を知らない人にもわかるように文章を書きたいものです。

■まとめ

意味をよく知らないカタカナ言葉を知らないまま使うのはやめよう。


間違いやすい語句:「話題を〜」と「注目を〜」

「話題を集める」という言い方は正しいでしょうか?

「ここが今、話題を集めているレストランだ。」この使い方は正しいでしょうか。

 

「話題を集める」

「話題にのぼる」

「大きな話題だ」

「大きな話題になる」

「注目の話題」

「話題の〜」

 

改めてじっと見ていると、なんだか不安になってきますが、調べたところ、以上は、全部大丈夫のようです。

 

では、

 

「話題を呼ぶ」

 

は大丈夫でしょうか?

 

はい。これも大丈夫のようです。

 

では次。「注目」関係。

 

①「注目を集める」

②「注目を浴びる」

 

①の「注目を集める」をダメだとする人もいるようです。でもインターネットで調べると、①も②も使用例はたくさんあります。朝日新聞のウェブサイトの記事では、①②両方とも使っています。でも紙の新聞ではどうか。。。未確認です。

そもそも、新聞記事としては、「○○が注目を浴びている」などというのは、あまり好ましくない表現ですね。いつでも何にでも使える曖昧な表現ですから。

まあ、でも、新聞記者ではない私たちは、使っても大丈夫だと思います。

 

③「大きな注目を」

「注目」に「大きい」を付けてもいいのか改めて調べたのですが、こちらも、大丈夫そうです。

 

では、

 

④「大きな注目を集めている」

⑤「大きな注目を浴びている」

 

はどうでしょう?

Googleで検索したところ、どちらも使用例は多いようです。ただ、⑤の方が少ないです。

 

ついでといっては何ですが、

 

「期待を集める」

 

はどうでしょう?

 

これも大丈夫のようです。 

 

*ある語と語の習慣的な結び付きを「コロケーション」と言ったり、「連語関係」と言ったりします。

 

今回の、例えば「話題」と「集める」の組み合わせは、「正しいコロケーション」と言えるわけです。

また、「ネクタイ」と「締める」のコロケーションはOKですね。「ネクタイを締める」

では、「ネクタイ」と「着ける」は? 「さあさあ、早くネクタイを着けて!」これは人によってOKかどうかが変わるかもしれません。

 

こうやって考えていくと、なかなか難しいことがわかります。

別ページで解説している「的」を「得る」なんかもそうです。正しいのか正しくないのか、判断が難しいものもありますし、時代とともに正しいかどうかが変わったり、人によって許容範囲が違ったりします。

 

Googleで検索してみて、その組み合わせ(コロケーション)が使われているかを確認しましょう。

その際、単に全体のヒット件数を見るだけでなく、新聞記事でも使われているかどうかなど、どのような使われ方をしているのかまで確認するのがいいと思います。

■まとめ

「話題を集める」「注目を集める」といったコロケーションを再確認。


難しい言い回し:「〜であろう(名詞)」の形

「〜であろう(名詞)」の言い方に違和感を持つ人と全く持たない人がいるようです。

私はどちらかというと自分では使わない方です。新聞記事でも見かけないような気がします。

 

例えば、

 

「これから日本が直面するであろう問題について考えたい。」

「番組では、今後も成長するであろう分野を取り上げる。」

 

といった使い方です。「直面するであろう問題」「成長するであろう分野」という部分です。

 

言い換えるならば、

「これから日本が直面するであろうと思われる問題について考えたい。」

「番組では、今後も成長するであろうと思われる分野を取り上げる。」

といったところでしょうか。

「と思われる」が抜けているような感じです。

 

間違いではないようです。ただ、絶対大丈夫という自信もありません。

 

"直面するであろう問題"というフレーズを朝日新聞が使っているかをGoogleで調べてみたところ、新聞記事では探せませんでした。朝日新聞出版(出版社)のウェブの記事にはありました。

使うか、使わないか、自分で判断するしかないようです。あまりお薦めはしません。

■まとめ

「〜であろう(名詞)」の形は、間違いではないようだが……。


基本ルール:『天声人語』の特殊性

文章作成力をアップさせるためには、新聞を読むのがとても効果的だと思います。言葉の使い方の基本が学べます。

 

ところが、朝日新聞の有名コラム『天声人語』をはじめ、いくつかの新聞社のコラムは、このブログで解説しているような基本ルールをたまに無視しています。

『天声人語』の場合、

●文が「。」で終わっているものと「▼」で終わっているものがあります。この「▼」はいったい何でしょうか。段落の区切りみたいなもの、つまり改行の代わりのものかもとも思えますが、「▼」の前の文の最後には「。」が付いていないので、単純な改行代わりでもないようです。

●段落が無い。やはり「▼」が段落の代わり?

●タイトルが無い。これは別ページで書いていますが、タイトルが無いので何が言いたいのか、ややわかりにくいと思います。⇒と思ったら、なんとインターネットのウェブ版にはタイトルが付いていました。紙の新聞には付いていないのに。これは一体どういうことでしょうか? ネットだと何か付けておかないと格好がつかないのか、あるいはシステムを構築した時に、タイトルを必須に設定してしまったので、仕方なくタイトルを付けているのか?

 

といったこともあるので、新聞は文章力アップにはとても有効な素材ですが、ヘンなところは真似しないようにしましょう。

■まとめ

新聞記事は文章力アップにとても参考になるが、ヘンな慣習には注意しよう。


間違いやすい語句:「焦点を」と来たら?

反省しなければならないのですが、「焦点を」と来たら、何に続ければいいのか自信の無いまま文章を綴っていました。「焦点を絞る」「焦点を当てる」「焦点を合わせる」……果たしてどれが正しい(とされている)のか、Googleで調べてみました。

 

“焦点を絞る” Googleの、単純なヒット件数 8万1300件

“焦点を当てる” 同上 39万6000件

“焦点を合わせる” 同上 29万4000件

“焦点を置く” 同上 31万4000件

“焦点を定める” 同上 8万5000件

 

Googleの単純ヒット件数だけを比べてみて、この使い方の方が一般的である、などという判断はできません。

ただ、間違った使われ方ではないか、などを調べる際に、だいたいの判断基準になります。

上の結果を見ると、約8万件から40万件と、件数には差がありますが、私の感触では、この5つはどれも正しい使い方であると判断してよさそうです。ただ、微妙な意味の差があるようですので、気になる方はいろいろと調べてみてください。

どういう意味でどの表現を使うべきか、この辺りはやはり、個人によって許容範囲が異なりそうです。

ちなみに、上で最もヒット件数の少ない「焦点を絞る」が、多くの国語辞典に例文として掲載されています。

 

(しかし、「多くの辞書に『焦点を絞る』とあるけれども、果たして『焦点』は『絞る』ものなのか? 例えばカメラの場合、『絞り』を『絞っ』て『焦点を合わせる』のではないか?」という疑問を出している人も少なくないようです。)

 

*Googleで調べていて、「焦点を読む」という言葉が出てきて気になったので検索したところ、最初、47万件ヒットし、びっくりしました。それで、結果画面の最下部に表示されているページナンバーの10をクリックしたところ、「一致する情報は見つかりませんでした」と表示され、ページ数も7までになったので、その7をクリックしたところ、ヒット件数が66件にガクンと減りました。Googleがどのような仕組みになっているのかわかりませんが、このようなこともあるので注意が必要です。「焦点を読む」という使い方が、とてもポピュラーなものかと思ってしまいました。どうもある会社の雑誌記事のコーナータイトルが繰り返しカウントされるようになっているようです。

■まとめ

「焦点を」に続けられる言葉はけっこうあった。意味に微妙な違い?


語順・修飾語:言葉を並べる順番が、かなり自由な日本語。

日本語は、言葉の順番について、かなり自由度が高いと言われています。

 

「なんだか面白い本を、父が弟に買ってあげたようだ。」

「父が弟に、なんだか面白い本を買ってあげたようだ。」

「父が、なんだか面白い本を、弟に買ってあげたようだ。」

「弟に、父がなんだか面白い本を買ってあげたようだ。」

 

どれがいいでしょう? 内容からしてフォーマルな文章ではありませんので、どれが正解とは言えません。個人の好みということになるでしょうか。

 

次は、もう少し、硬めの内容の文章です。言葉の順番を変えて並べてみます。

 

(例文1)

「政府はこの問題に対する有効な解決手段を、民間と緊密に連携を図りながら早急に検討するべきである。」

 

(例文2)

「この問題に対する有効な解決手段を、政府は民間と緊密に連携を図りながら早急に検討するべきである。」

 

(例文3)

「政府は早急に、民間と緊密に連携を図りながら、この問題に対する有効な解決手段を検討するべきである。」

 

(例文4)

「民間と緊密に連携を図りながら、この問題に対する有効な解決手段を政府は早急に検討するべきである。」

 

(例文5)

「政府は民間と緊密に連携を図りながら、この問題に対する有効な解決手段を早急に検討するべきである。」

 

(例文6)

「民間と緊密に連携を図りながら、政府はこの問題に対する有効な解決手段を早急に検討するべきである。」

 

ほかにもいろいろ考えられますが、さてどれがいいでしょうか。

この中では、どれも間違いではありません。(例文3)だけが、「早急に」と「検討するべき」が離れており、そのためにやや読みにくくなっている印象があります。とはいえ、間違いではなく、どれもOKでしょう。

個人的には(例文5)あたりが落ち着きがいいかな、とは思います。

 

ただ上記(例文3)が他と比べてやや違った印象を与えることからもわかるように、いくつかの注意すべき点はありそうです。

 

次の6つの文を見てみてください。

 

(例文7)

①急いで私は手紙を書かなければならなかった。

②私は手紙を急いで書かなければならなかった。

③手紙を急いで私は書かなければならなかった。

④私は急いで手紙を書かなければならなかった。

⑤手紙を私は急いで書かなければならなかった。

⑥急いで手紙を私は書かなければならなかった。

 

「急いで」「私は」「手紙を」の順番の組み合わせで6種です。

②と④が自然ではないかと思います。他のものも、絶対間違いとは言えませんが、やや流れが悪いように感じます。

 

次です。

 

(例文8)

①政府は早急に検討するべきである。

②早急に政府は検討するべきである。

 

両方OKという気がしますが、どちらかというと①がいいかも。前後の文にもよるかもしれません。

 

(例文9)

①政府は、民間と連携を図りながら、

②政府は、連携を民間と図りながら、

 

これは①がいいでしょう。「連携を民間と」という順番はヘンな感じです。でも、理由をどう説明すればいいのか正直わかりません。

 

ただ覚えておいてほしいのは、文章を書いた後によく読み直してみて、ちょっと語順を変えると、自分でも驚くほどしっくりすることがあるということです。自分ではそうでない方がいいとわかっているのに、無意識に、(例文7)の①③⑤⑥や(例文8)の②や(例文9)の②のように書いてしまっているケースはけっこうあります。

■まとめ

語順はかなり自由がきくが、ちょっと変えるとわかりやすい文になることもある。


難しい言い回し:「背景」と「理由」

前回「理由」を、前々回「背景」という言葉を取り上げました。

 

で、なぜ私がこの2つの言葉に引っかかりを感じているのか、思い出したことがあります。

この2つの言葉の意味がごっちゃになっている例がけっこうあるように思えるからです。

 

(例文1)

 日本の景気低迷が続いている。背景にあるのは、少子

高齢化による市場の縮小と世界的な経済不安を反映した

円高だ。

 

もっともらしい文章を書いてみましたが、テキトーです。

この中で「背景」と使っていますが、あまり意味を考えていません。「背景」って一体何でしょう?

手元の国語辞典(三省堂大辞林)を見ると、

①絵画や写真で,主要な題材の背後の光景。後景。バック。「―に森を描く」

②舞台正面の奥などに描いた景色。書き割り。

③物事の背後にひそんでいる事情。「事件の―」

④背後にあって物事を支えている事柄。「強大な経済力を―とした圧力」

とありました。

 

(例文1)の場合、③に当てはまるかもしれません。ただどうも、個人的には好きになれない表現です。

 

(例文2。例文1を書きなおしてみたもの)

 日本の景気低迷が続いている。少子高齢化による市場

の縮小と、世界的な経済不安を反映した円高がその原因

と考えられる。

 

(例文2)では、「背景」をやめて「原因」という言葉でまとめてみました。

 

(例文1)も間違いではないとは思いますが、(例文2)のように書く自信がない時についつい書いてしまう書き方、という感じがしなくもありません。本当は「原因」や「理由」と書く方がはっきりしているのに、そこまでストレートに書きにくいのでつい「背景」という表現を使ってしまった、という。。。

 

まあ、でも、(例文1)でもOKでしょうか。それっぽい感じはするので(そもそも、こういう内容の文章はあまり意味がないということかもしれませんね)。

■まとめ

「背景」を、「理由」や「原因」の意味で使う場合は、覚悟の上で。


難しい言い回し:「その理由は」「その理由として」

前回、「背景」という言葉を取り上げました。

今回の「理由」は、やはり使い方が少々難しいのですが、「背景」より登場頻度が高いように思われます。

 

今回も、実際どのように使われているか、Googleで検索してみました。

以下、Googleで見つけてきた文を一部改変したりして掲載しています。

 

“その理由は〜”

 

Googleで検索すると、一番目に付くのは、タイトルなどで「○○が大ピンチ!その理由は?」という風に、クエスチョンマークを付けて、これだけで終わっているものです。もっと長い文になっているものを探すと。。。

 

(例文1)

「このホテルはとても快適に過ごせます。その理由は、全室にエアコンがあるためです。」

 

(例文2)

「このホテルでは非常に快適に過ごせる。その理由は、全室にエアコンがあるからだ。」

 

(例文1)(例文2)のように、「その理由は〜ためです。」「その理由は〜からだ。」と、「〜ため」「〜から」という言葉に行き着く例が多く見られます。

(例文1)も(例文2)も間違いではないようです。でも、ちょっと待ってください。(例文1)も(例文2)も、「その理由は」を削除してしまっても大丈夫、いや、そっちの方が簡潔でいいのではないでしょうか。

 

(例文3。例文1の「その理由は」を削除したもの)

「このホテルはとても快適に過ごせます。全室にエアコンがあるためです。」

 

(例文4。例文2の「その理由は」を削除したもの)

「このホテルでは非常に快適に過ごせる。全室にエアコンがあるからだ。」

 

(例文1)(例文2)よりも、(例文3)(例文4)の方がよさそうです。文末の「ため」「から」という言葉自体が、理由を説明する意味合いを持っているから、わざわざ「その理由は」という言葉はいらないのかもしれません。

 

(例文5)

「アドバン塾にはクラスのない日にも来校される方が大勢。 その理由は「自習室」が完備されているからなんです。」

 

この(例文5)の場合、上と同じように「その理由は」が無くてもOKのようですが、あった方が前の文とのつながりがいくぶんわかりやすい感じがします。

(例文3)と(例文4)では、前の文の最後が「〜できる」(「快適に過ごせる」)という風に可能性を表わしているため、次の文の最初に「その理由は」という言葉がなくても、次の文にはその可能性の理由を説明する内容が来るのではないかと予測できるからかもしれません。

一方で、(例文5)の方は、最初の文は「〜できる」という意味ではなく、状況を表しているだけです。だからその次の文に「その理由は」とあった方が、つながりがわかりやすくなるのではないでしょうか。

 

まとめてみますと、

★「その理由は」で始まる文の最後の方には、「〜ため」「〜から」といった言葉が来ることが多い。

★ただし、「その理由は」で始まる文の中には、「その理由は」が不要なものも少なくない。

 

他の使い方としては、

 

(例文6)

「このホテルでは非常に快適に過ごせる。その理由は設計にある。」

 

これは、「その理由は(名詞あるいは名詞的な言葉)にある。」というパターンです。

この場合は「その理由は」は省略できません。

 

(例文7)

「このホテルでは非常に快適に過ごせる。その理由は、全室に取り付けられた高性能エアコンだ。」

 

 これは、「その理由は(名詞あるいは名詞的な言葉)だ。」というパターンです。しかし、(例文7)の場合、使い方として大丈夫かちょっと微妙。「その理由は」ではなく、「その秘密は」なら問題無いように思えます。

 

どうも、(例文6)のパターンも(例文7)のパターンも、間に入ってくる(名詞あるいは名詞的な言葉)が何かによって、大丈夫か大丈夫じゃないかが変わってきそうです。

(例文7)の場合も、

(例文8)

「このホテルでは非常に快適に過ごせる。その理由は、全室に取り付けられたエアコンの性能の高さだ。」と書き換えたらどうでしょう? あんまり変わらないかな?

 

★「その理由は〜にある。」「その理由は〜だ。」というパターンもよく使われる。

★ただし、入ってくる言葉によって違和感あるかないかが違う。

 

やはり、必要な時以外は、「その理由は」で始まる文章をなるべく書かないようにすることが、一番いいのかもしれません。

(例文7)および(例文8)のような書き方はやめてしまって、

(例文9)

「このホテルでは非常に快適に過ごせる。全室に性能の高いエアコンが取り付けられているからだ。」

あるいは、

「このホテルでは非常に快適に過ごせる。性能の高いエアコンが全室に取り付けられているからだ。」

といった書き方がいいのではないでしょうか。いずれも「その理由は」は入っていません。

 

例によってだんだんややこしくなってきましたが、なんとかもう一つ。

 

“その理由として〜”

 

(例文10)

「私は○○だと思う。その理由として、次の3点が挙げられる。一つ目は〜」

 

多く見かけるパターンです。この、「その理由として、次の●点が挙げられる。」という短い言い方は、大変わかりやすくてよいと思います。この後に、順番に理由を述べていきます。

 

次は、よくないと思われる例。

 

(例文11。よくない例)

 

「私の会社は離職率が高い。その理由として、残業が多く、休日出勤も多い。」

 

これは使い方のよくない例です(でも日本語として、ぎりぎりセーフか? 話し言葉ではOKでも、やはり書き言葉としてはよくないですね)。

 

(例文12。例文11の修正例)

「私の会社は離職率が高い。その理由として、残業の多さ、休日出勤の多さが挙げられる。」

 

(例文13。これも例文11の修正例。最後をちょっと変えました)

「私の会社は離職率が高い。その理由として、残業の多さ、休日出勤の多さが考えられる。」

 

★「その理由として」は、「〜が挙げられる。」「〜が考えられる。」などに落ち着くパターンが普通。

 

あるいは、「その理由として挙げられるのは、○○○○○だ。」「その理由として考えられるのは、○○○○○だ。」というように、順番が逆のパターンもあります。

 

(例文14。例文12の文の構造を変えたもの)

「私の会社は離職率が高い。その理由として挙げられるのが、残業や休日出勤の多さだ。」

 

「理由」の使い方にはまだまだいろいろなパターンがありますが、今回はこの辺りで。

■まとめ

「その理由は」「その理由としては」の正しい使い方のパターンを確認しよう。


主語・述語:1文の中に複数の動詞がある場合 その2

1つの文の中に複数の動詞がある場合に注意すべきこと。その2です。とはいえ、内容は前回とほぼ同じです。

 

(例文1)あまりよろしくない文。

 

 体験型イベントは、商品やサービスの有効な宣伝で

あるだけではなく、企業の広報としての役割も大きい。

情報を押し付けるのではなく消費者からもアプローチ

してもらい身をもって知ることに大きな意義があるの

ではないか。

 

さっと読むとそれほど変な感じはしないかもしれません。この文章が言いたいこともわかるような気がします。でも細かく見ると、やはり、ちょっと違和感がある部分があります。

 

後半の文には、「情報を押し付ける」「アプローチしてもらい」「身をもって知る」と、動作を述べる語句が3つあります。

それぞれの「動作の主」(いわゆる主語的なもの)を考えてみます。

 

「情報を押し付ける」のは企業です。「アプローチしてもらい」は、「アプローチする」のは消費者ですが、「〜してもらう」という形になっており、この場合「アプローチしてもらう」のは、企業の方です。「(企業が)(消費者に)アプローチしてもらう」ということですね。だから動作の主は企業と考えていいでしょう。さて、次の「身をもって知る」の動作の主は何でしょうか。全体の意味から推測すると消費者だと考えられます。「(企業が)身をもって知る」ともとれなくはないですが、恐らく、この文章の筆者の言いたいこととは違うと思われます。

 

つまり、この後半の文に違和感があるのは、動作の主がはっきりと書かれていない1つの文の中に、動作主が異なる、動作の記述(いわゆる述語的なもの)が入り交じっているからなのです。

 

企業 → 「情報を押し付ける」

企業 → 「アプローチしてもらう」

?? → 「身をもって知る」

 

じゃあ、どのように書けばいいのか。

 

(例文2。例文1の修正例①)

 

 体験型イベントは、商品やサービスの有効な宣伝で

あるだけではなく、企業の広報としての役割も大きい。

情報を押し付けるのではなく消費者からもアプローチ

してもらい身をもって知ってもらうことに大きな意義

があるのではないか。

 

(例文3。例文1の修正例②)

 体験型イベントは、商品やサービスの有効な宣伝で

あるだけではなく、企業の広報としての役割も大きい。

企業が情報を押し付けるのではなく消費者からもアプ

ローチしてもらい、消費者が身をもって知ることに大

きな意義があるのではないか。

 

(例文2)と(例文3)は、(例文1)を書き直してみたものです。

 

(例文2)では、(例文1)の「身をもって知ること」を「身をもって知ってもらうこと」と、受け身の言い方に変えました。こうすれば「知ってもらう」のは企業ですから、「情報を押し付ける」「アプローチしてもらい」「知ってもらう」の動作主は3つとも企業となり、主語と述語がうまく対応せずに文がねじれているような違和感はなくなります。

 

一方、(例文3)は、「身をもって知る」はそのままで、「情報を押し付ける」の主語である「企業」と、「身をもって知る」の主語である「消費者」を追加したものです。主語を追加することで、述語との関係を明確にしています。

 

もっとも、だからといって「文章がとても良くなった」とは言えないのが難しいところです。

(例文2)では、「アプローチしてもらい身をもって知ってもらう」の部分が、なんだか重たいというか、リズムが悪くなったような感じもします。

(例文3)では、主語と述語の関係が明確になったとはいえ、企業やら消費者やらが、短い文の中に何回も出てきて、ちょっとうるさい感じです。

 

一つの違和感がある部分を修正すると、別の違和感が出てくるというのが何とも悩ましいところ。一つの部分をあれやこれや考えているうちに、最終的には、全部書き直した方がいいのでは、ということもしばしば起こります。

 

ただ、(例文1)と、(例文2)(例文3)では、もしかしたら(例文2)や(例文3)の方がまだるっこしい感じがするかもしれないけれども、読み手が意味を理解しやすいかどうかという点においては、(例文1)よりも(例文2)(例文3)の方がいいのだということを覚えておいてほしいと思います。

 

 

*補足

英語では一つの文の中にほぼ必ず主語がありますが、日本語では主語が書かれていないことも普通です。これは日本語の便利な面でもあり、また逆に、よく意味のわからない文章ができあがってしまう原因でもあります。

■まとめ

1文の中に複数の動作がある場合は「動作主を統一」あるいは「主語を明確化」。


レトリック:比喩(ひゆ)

「レトリック」と書いてますが、実は「レトリック」の正しい意味をわかっていません。

このブログでは、「文章を際立たせたり味わいを持たせるための様々な手法」というような意味で「レトリック」という言葉を使っています。学問的でもありませんので、ご容赦を。

 

さて、今回は「比喩(ひゆ)」です。「たとえ」とも言います。

比喩にはいろいろな種類があるのですが、よく解説されるのは「直喩(ちょくゆ)」と「隠喩(いんゆ)」の2種類です。

 

直喩は明喩(めいゆ)とも言います。隠喩は暗喩(あんゆ)とも言います。

何かにたとえる時に、「〜のような」という言葉が付いているのが直喩(明喩)、付いていないのが隠喩(暗喩)です。

 

●直喩の例

「雪のような肌」「街は砂漠のようだった」

●隠喩の例

「雪の肌」「街は砂漠だった」

 

比喩を使うのは簡単ではありません。私は得意ではありません。

うまく使うと効果的ですが、失敗すると意味不明になります。

 

一つの典型的な手法として、文章の最初に暗喩をバンと出し、読者を「?」にする方法があります。

 

(例)

「思い出はダイヤモンドではなく黒真珠だ。」

 

うーん、なんだかよくわかりませんね。すみません。

■まとめ

文章の冒頭で暗喩を使うとインパクトあり。でも比喩の使い過ぎにはご注意を。


難しい言い回し:「背景には」「背景として」「という背景が」

文章を書いていると、この言葉はよく見かけるけれども使い方が難しい、と感じることがあります。そんな言葉、言い回しをいくつか取り上げていきたいと思います。

 

今回は、「背景」です。

 

以下、インターネットでGoogle検索してヒットした、「背景」を含む文をランダムに挙げてみました。

 

“その背景には〜”

 

 「その背景には、 欧州全体の競争力向上のためには、城内競争で消耗し、 欧州が弱体化しないよう、EUレベルでの効率のよい空間バランスを追求する必要性が高まったことがある。」

 ⇒いきなり難しい文章ですが。。。「その背景には〜がある。」というパターンが見えてきそうです。

 

「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというもの。」

 ⇒ちょっと意味としてOKか、微妙な感じがします。これは直訳したものでしょうか。ただ、「その背景には〜が存在する」というパターンは上と同じようです。

 

「その背景にはいくつかの理由がある。」

 ⇒やはり「その背景には〜がある」という、同じ構造です。でもこの文、「それにはいくつかの理由がある」でいいんじゃないかな? 無理に「背景」という言葉を使わなくても。

 

「その背景には、データやエンターテインメントなどのサービス関連事業を中国市場に普及させようとするアップルのしたたかな戦略があるようだ。」

 ⇒これも、「その背景には〜がある」という構造。これも「背景」って使わずに、「そこには」でもいいかも。

 

★「その背景には(名詞あるいは名詞的なもの)がある。」というパターンが見られます。

★あと、「背景」という言葉を使わなくてもいいのではないか、というパターンも見られます。

 

次。似てますが、検索ワードを変えて、

 

“その背景は〜”

 

「英国のEU離脱。その背景は?」

 ⇒なるほど、クエスチョンマークで終わる場合ですな。Googleで検索するとほとんどこの使い方ばかりです。

 

あと、

「その背景は不明である。」「その背景は様々である。」「その背景は複雑である。」「その背景は曖昧である。」など。

 

探し方が悪いのかもしれませんが、「その背景は」の後に、具体的な名詞などが来るケースはほとんどありません。

 

例えば、「その背景は株価の暴落である。」などとは言わないのでしょう(こうした使い方をしているのが数件ありましたが、あまりよくないように思えました)。「その背景には株価の暴落がある。」ならいいと思います(上の方で解説した使い方)。

 

もう少しいってみましょう。

 

“その背景として〜”

 

「その背景としては、すでに述べた通りですが、MLPが輸送、貯蔵、処理を担う商品の価格(原油、天然ガス、天然ガス液などの価格)が上昇してきたこと、エネルギー・セクターに対する投資家心理が回復してきたこと、資金調達環境が改善したことが挙げられます。」

 

 ⇒「その背景として、(  )が挙げられる」「その背景として、(  )が考えられる」といったパターンがありそうです。

 

で、ほかにもGoogleで検索するといろいろ出てくるのですが、だんだん複雑になってきてしまいました。

また、別の回で続きをやります。

 

いずれにせよ、個人的には、「背景」という言葉は難しいので、極力使わないようにしています。

 

*ちなみに、別のページでも解説しますが、Googleで検索する場合、検索語をダブルクォーテーションマーク(" ")でくくると、その検索語にぴったりの語で検索できます。たとえば、「その背景には」という検索語を入れただけでは、「背景」を含む検索結果がものすごくたくさん出てきてしまいますが、「"その背景には"」とダブルクォーテーションマークでくくると、「その背景には」という6文字の言葉と完全に一致するものだけがヒットするようになります。ちなみにダブルクォーテーションマークは半角でも全角でも大丈夫のようです。私は念のため半角でやってます。

■まとめ

「背景」という言葉を使う時は、意味、用法をよく考えて。


接続詞・接続語:文の途中に出てくる「〜だが、〜」「〜るが、〜」などの「が」

接続詞や接続語という場合、その多くは文の頭に置かれるものを指すことが多いのですが、今回取り上げるのは文の途中に出てくる「が」です。文法的には「接続詞」ではなく「助詞」になるかと思いますが、ここで検討したいと思います。

 

助詞の「が」にもいろいろな種類がありますが、ここで取り上げるのは、以下のような接続語的な役割をするものです。

 

(例文1)

 太郎はラーメンを食べたが、次郎はカレーを食べた。

 

この「が」は、逆接、すなわち「しかし」という意味です。

例文1を言い換えると、

 

 太郎はラーメンを食べた。しかし、次郎はカレーを食べた。

 

一方、この文中の「〜が、」は、逆接の意味が無いところでもよく使われています。

 

 

(例文2)

 先日、早稲田ホールで特別セミナーが開催されたが、100人を

超す入場者で盛況だった。

 

この文の途中の「が、」は、「しかし」という意味ではありません。そのまま、つないでいるだけです。もし言い換えるならば、「〜セミナーが開催された。そして〜」といったところでしょうか。

 

さて、この例文2のような、逆接の意味を持たない「〜が、」なのですが、使ってもよい派と使わない方がいい派の真っ二つに分かれているようです。文法的にはどっちもOKのようなのですが、果たしてどうすべきか。この「〜が、」は無意識に使ってしまいがちです。なぜか使いやすいのです。でも止めるべきと注意している指導書も少なくありません(私はこのブログの中でもかなり使っています。話し言葉的に書くと、この「が」が出てきやすいようですね)。

 

もう個人で判断するしかありません。例文2を自然と感じるならば、使ってもいいでしょう。ただし、世の中には例文2はダメという人も少なくないことを覚えておいた方がいいと思います。確かに、「〜たが、」と来たら、続いて、前半を否定するような内容が来そうな気がしますが、それが来ないでただつながっているだけだと、文から安定感がなくなる印象はあります。こうしたことから、絶対このようには使うなという人もいますので、注意しておきましょう。

 

あるいは、ブログやエッセイなどでは使うけれども、会社や学校で書く文章には使わない、といった風に、自分なりの「使用基準」を決めておくのがいいかもしれません。

 

*「が」が、前半の最後に来るのではなく、いったん文が終わり、次の文の頭に「が、」が来る形もあります。

 

(例文3)

 太郎はラーメンを食べた。が、次郎はカレーを食べた。

 

どちらかといえば小説やエッセイに多い書き方です。

例文3は例文1と同じく、逆接の「しかし」の意味です。この「が、」については、ほとんどの場合が逆接を示すものとして使われているようです。例文2には当てはめられません。

■まとめ

文の途中に出てくる「〜が、」。逆接でない使い方を許すか、自分なりに判断。


接続詞・接続語:「そして」「しかし」「また」…どれを選ぶ?

接続詞というのは文と文、あるいは段落と段落をつなぐ役割をする言葉。「そして」「しかし」「また」「だが」といった言葉です。接続詞と同じような働きをするものを接続語と呼んだりします。「一方」「それによって」「なぜならば」「加えて」といった言葉です。いずれもだいたい文の先頭で使われることが多いようです。

 

適切な接続詞や接続語を使うことによって、文の流れがよくなり、文の意味がわかりやすくなります。わかりやすい文章を書くための重要なポイントの一つです。

 

ただし、実は接続詞・接続語の選択は簡単ではありません。

 

(例文1)次の( )に入る適切な接続詞あるいは接続語を考えてみましょう。

 

 太郎はラーメンを食べた。(  )、次郎はカレーを食べた。

 

さて、(  )には何を入れるのがいいでしょうか。

答えは、「多くの言葉が入る可能性がある」です。

 

 太郎はラーメンを食べた。(そして)、次郎はカレーを食べた。

 太郎はラーメンを食べた。(しかし)、次郎はカレーを食べた。

 太郎はラーメンを食べた。(また)、次郎はカレーを食べた。

 

どれもあり得ます。

つまり、これだけの文章では、どんな接続語・接続詞が適切なのかは判断できません。

この文章の前後にどんな文章があるか、それを読んで判断する必要があります。

 

(例文2)

 父親は太郎と次郎に、昼食には必ずラーメンを食べるように

命令していた。太郎はラーメンを食べた。(  )、次郎はカ

レーを食べた。

 

この場合はどうでしょう。例文1の時と比べると、入る言葉がやや限定されてきそうです。例えば、「しかし」だといいのではないでしょうか。ここでは、太郎と次郎の対比、特に次郎が父親の命令に逆らっている様子を示すのがいいのではないかと思われるからです。

 

このように、どんな接続詞・接続語を使うべきかは、全体の流れの中で判断しなければなりません。

 

それでも、この接続詞・接続語選びは簡単ではありません。上の例文2でも、「そして」を入れて絶対に間違いとも言えません。特にこうした小説風の文章の場合は、小説の作者のクセや思い入れによって、使われる接続詞や接続語が変わってきます。

 

ただ、もっと実務的あるいは学術的な文書の場合、例えば、会社での報告書や学校でのレポートなどの場合は、どの接続詞・接続語を使うべきかは、もう少し明確かもしれません。実務的・学術的な文書の場合は、小説などよりも、論理性が大事になるからです。

 

 

接続詞・接続語を正しく使うにはいくつかのポイントがありますが、今回はその中でも特に重要と思われる2つの点を以下に挙げます。

 

●順接と逆接を間違わない。

順接の接続詞・接続語は、「そのため」「よって」「したがって」など。前の事柄が原因や理由になって、次の事柄が起こる場合に使います。

 

(例文3)

 大雨が降った。よって大会は中止になった。

 

逆接の接続詞・接続語は、「しかし」「それでも」「にもかかわらず」など。前の事柄から予測されるものとは逆の結果が示される場合に使います。

 

(例文4)

 大雨が降った。しかし大会は決行された。

 

この順接と逆接を間違わないようにしましょう。簡単なようですが、内容が込み入った文章になると、順接と逆接を間違って、正しくない接続詞を使ってしまったりします。

 

●接続詞・接続語を入れなくてもいい場合も多い。

接続詞や接続語は文章の流れをわかりやすくするために大事なものだと書きましたが、逆に、入れ過ぎてわかりにくくなるケースもあります。文章を書き終わったら読み直してみて、本当にその接続詞・接続語が必要なのか、じっくり検討してみましょう。削除した方がすっきりしてわかりやすい場合もあります。

 

(例文5)

 今回の体験型イベントでは、参加者は自由に機器に

触れることができる。また、身分証明証があれば、借

り出しもできる。そして、使用後に感想を提出すれば、

その機器を安価に購入することもできる。

 

この例文5の中の「また」「そして」という接続詞を削ってみます。

 

(例文6)

 今回の体験型イベントでは、参加者は自由に機器に

触れることができる。身分証明証があれば、借り出し

もできる。使用後に感想を提出すれば、その機器を安

価に購入することもできる。

 

接続詞がなくなりましたが、問題ありません。これは、この文章に含まれる3つの文が、同じような意味・役割・構造を持った文であるため、特にそれらを接続詞などでつながなくても流れが理解できるからです。

このように、接続詞や接続語が無くてもいい、あるいは無い方がいい場合もありますので、やはりよく読み直して検討することが大事です(例文5も間違いではありません。例文6よりも例文5の方が好きだという人もいるかもしれません。あくまで、接続詞は絶対必要なものではないという例です)。

■まとめ

接続詞・接続語の選択は意外と難しい。入れない方がいい場合もけっこう多い。


間違いやすい語句:「的を得る」は間違いと言われていたが。。。

あるブログに、こんなエピソードが書いてありました。http://miyearnzzlabo.com/archives/20809

まとめると。「ラジオを聴いていたら、雑誌の女性編集長がゲストとして出演していました。その日のテーマは『教養や読書』。その女性編集長がテーマに沿って真面目に話をしていくのですが、『一朝一夕』(いっちょういっせき)という言葉をその編集長は、『いっちょういちゆう』と言っていたのです。誰も注意しなくて、私はモヤモヤしっぱなしでした」

 

笑い話のようにも聞こえますが、こうしたことは誰にでも起きうること。笑ってばかりもいられません。特に偉い立場になると、誰も注意してくれなくなったりします。裸の王様はけっこう簡単に誕生するものです。自戒しなければなりません。

 

また、もう一つ。一般的に「間違い」と思われていることでも、そうでないこともあったりします。

実はこの欄で、「的を『得る』は間違いで、的を『射る』が正しい」と書こうと思っていたのですが、あらためて調べてみたところ、最近(2013年)、「的を得るは間違いではない」と、それまで間違いだと強く主張していた三省堂の国語辞典がアナウンスしたそうです。これは、「そう使う人が増えたから」という理由ではなく、もともとの意味を考えた上でOKである、ということなのだそうです。

http://biff1902.way-nifty.com/biff/2014/05/post-8ee7.html

 

びっくりしました。

 

昔、私は、「的を得る」と書いて、「的を射る」の間違いだと指摘され、以来、そう信じていました。みなさんの多くもそうだと思います。でも、「的を得る」でもOKとは。。。

 

ただ、注意してください。「的を得る」がOK、というのはごく最近の、専門家の見解です。

私もほんのさっきまでそうでしたが、世の中の大半の人は、「的を『得る』は間違い」と思っています。ですので、難しいところですが、現在のところたいへんあやふやで曖昧な状況であるということを覚えておいてください。

 

ちなみに、

 

的を射る(←「的を得る」は、今も間違いだとしている人が多い。どうすべきか。。。)

正鵠を射る、正鵠を得る(←どっちもOKです)

当を得る(←これがOK)

 

このあたりややこしいので注意しましょう。(というか、何が正解で何が間違いか、世の中微妙です)

■まとめ

「的を得る」は間違い? あらためて調べると意外な発見が。


主語・述語:1文の中に複数の動詞がある場合

(例文1)あまりよくない例。

 

 この体験型イベントでは、超小型3Dモニタなど

最新の機器を展示し、実際に体験してその先進性を

理解することができます。

 

この文章、どこがおかしいでしょうか。もしかしたら日本語としてはぎりぎりセーフかもしれません。

 

でも厳密に見ると、文の中にある3つの動詞「展示し」「体験して」「理解する」の主語が統一されていない点がちょっと問題です。

「展示」するのは、イベントの主催者でしょう。でも、「体験して」「理解する」のはイベントにやってきた参加者です。

このように、主語が違う動詞が1つの文に混在するのはあまりよくありません。でもこれは意外とやってしまいがちなミスです。

 

ではどうすればいいか。

 

(例文2。例文1の修正例①)

 この体験型イベントでは、超小型3Dモニタなど

最新の機器を展示し、実際に体験してその先進性を

理解してもらいます。

 

これは、最後の部分を変えたもの。「理解することができます」を「理解してもらいます」にしています。「展示し」の主語(というか動作の主)であるイベントの主催者に合わせました(真ん中の「体験して」は見た目は形は変わっていませんが、「体験する」から「体験してもらう」という意味に自動的に変わっています)

 

例文1の場合

主催者→展示し

主催者→体験して X

主催者→理解する X

 

例文2の場合

主催者→展示し

主催者→体験して(もらう)

主催者→理解してもらう

 

(例文3。例文1の修正例②)

 この体験型イベントでは、超小型3Dモニタなど

最新の機器が展示されており、実際に体験してその

先進性を理解することができます。

 

これは、最初の動詞「展示し」を「展示されており」に変えたもの。

 

これ、説明が難しいですね。主語をそろえた、というわけでもありません。「展示し」を「展示されており」に変えることで、前半部分と後半部分の「関係性を変えた」とでも言えるでしょうか。この文の場合、前半部分の主語を挙げるならば「最新の機器」ですが、後半の「体験して」「理解する」の主語は、文の中には書いてありませんが、イベントの参加者です。ですのでこの例文3でも、文中の複数の動詞の主語がそろっていないのですが、文としておかしくはありません。例文1の場合、3つの動詞が同等のもののように並んでいるのに主語が違うという点が問題だったのです。でも、例文3の書き方だと、前半と後半が意味的に分かれているので、大丈夫になります(もっといい説明を思い付いたら、またアップします。すみません)。

 

例文1の場合

主催者→展示し

主催者→体験して X

主催者→理解する X

 

例文3の場合

最新の機器→展示され  ←ここで意味が切れることが読み手に伝わる

参加者→体験して

参加者→理解する

 

また、例文2と例文3では、誰が誰に情報を伝えようとしているのかが変わっている点に注意してください。

例文2はイベントの主催者がイベントの内容を説明している文章。

例文3は、イベントの主催者でもいいし、新聞記者などの報道関係者、あるいは実際に行ってみた人による説明、などでもOKな文章です。

 

もう少し別の修正例を。

 

(例文4。例文1の修正例③)

 この体験型イベントでは、超小型3Dモニタなど

最新の機器を展示。参加者は実際に体験してその先

進性を理解することができます。

 

1つの文だったものを2つに分け、2つ目の文に「参加者は」と主語を付けました。これがゼッタイ正解というわけではありませんが、私はこういう風に書くのがクセになっています。主語が同じでない場合は、文を切ってしまうという手法です。

 

ほかにも修正の仕方は考えられます。読む人にとってどんな文が「わかりやすい」かを常に考えましょう。

 

■まとめ

1つの文の中に複数の動詞がある場合、それぞれの主語に注意を。


主語・述語:文の冒頭の「〜は」などの「行き先」に要注意

「主語と述語の対応」、もう少し正確に言うならば、「文の最初の方と最後の方の適切な対応」――文章作成において、もしかしたらこれが最も大事な基本で、そして最も間違いやすい部分かもしれません。今回は、文の冒頭の「〜は」には要注意、ということを解説します。

 

間違い(というか、あまりよろしくない)例から紹介していきます。

 

(例文1)就職の際の志望動機書の場合。

 

 私の志望動機は、御社が一昨年に新規に設けた海

外事業部門において、学生時代に身に付けたリーダ

ーシップと語学力が生かせると思い志望しました。

 

一瞬、「どこが変なの?」と思われるかもしれません。もしかしたらこれで特に違和感ないかも。でも、やっぱりこの文は、基本がおかしいのです。

 

(例文2。例文1を修正したもの)

 

 御社が一昨年に新規に設けた海外事業部門におい

て、学生時代に身に付けたリーダーシップと語学力

が生かせると思い志望しました。

 

例文1と例文2でどこが違うかというと、例文2は例文1の最初の「私の志望動機は」がありません。

 

問題点:

例文1では、今回のテーマである、「主語と述語の対応」がうまくいっていないのです。

例文1はまず、「私の志望動機は」で始まってます。これが主語のように思えます。

でも、文の最後の方の部分は「〜と思い志望しました。」という風に終わっています。

つまり、縮めると、「私の志望動機は〜志望しました。」という、文として意味がヘンな、おかしな構造になってしまっているのです。

最初の「私の志望動機は」にぴったりと対応する、行き先が無いのです。

 

主語と述語がうまく対応していないのです。

 

では例文2では主語と述語がうまく対応しているのか?

実はこの例文2には、最後の「志望しました」に対応する主語がありません。省略されていると考えることができます。

(日本語では主語が省略されることがよくあります)

あえて主語を付けるなら、

 

(例文3)

 

 私は、御社が一昨年に新規に設けた海外事業部門

において、学生時代に身に付けたリーダーシップと

語学力が生かせると思い志望しました。

 

という風に、最初に「私は」と主語を置く手もあります。縮めると、「私は〜志望しました。」という構造で、こちらは主語と述語が対応しています(ただし、主語と述語が離れすぎという意見もあるかもしれません)。

 

 

ややこしくなってきたのでまとめ直します。もう一度同じ例文。

(例文1)

 私の志望動機は、御社が一昨年に新規に設けた海

外事業部門において、学生時代に身に付けたリーダ

ーシップと語学力が生かせると思い志望しました。(←間違い)

 

⇒最初の「私の志望動機は」という言葉の行き先がありません。

 

さらに同じように間違った構造の例文です。

(例文4)

 この新型スマートフォンの操作方法は、添付のマ

ニュアルに従って操作してください。(←間違い)

 

⇒やはり「操作方法は」という言葉の行き先がありません。「操作方法は〜操作してください」という風にヘンな結び付きになってしまっています。

 

(例文5。例文4の修正)

 この新型スマートフォンは、添付のマニュアルに

従って操作してください。

 

例文4の「の操作方法」を削っただけです。

(ただし、ちょっと難しいのですが、この場合は「この新型スマートフォンは」は主語ではありません。でも、こうした場合でも、適切な「行き着く先」がちゃんとあるかを確認するのは同じです)

 

もう少し、間違いの例を挙げておきます。

 

(例文6)

 当日の会議の主な内容は、代表スピーチ、ゲスト

スピーチ、パネスディスカッション、質疑応答など

を行います。(←間違い)

 

「主な内容は」→「行います」のつながりがヘンです。

 

(例文7。例文6の修正例)

 当日の会議の主な内容は、代表スピーチ、ゲスト

スピーチ、パネスディスカッション、質疑応答など

です。

 

(例文8)

 私が勤務している凸凹商事では、お客様の業務に

精通したエンジニアがお客様のご要望に合ったシス

テムをつくり提供している会社です。(←間違い)

 

「凸凹商事では」→「提供している会社です」のつながりがヘンです。

 

(例文9。例文8の修正例)

 私が勤務している凸凹商事では、お客様の業務に

精通したエンジニアがお客様のご要望に合ったシス

テムをつくり提供しています。

 

 

文章を書く時、まず「○○は、」でつい始めてしまいがちです。これはこれでいいのですが、問題は、その部分が最終的にどこに行き着くか、ちゃんと対応する述語があるのか、それに十分注意しないといけません。

 

対策としては、「文章を書いたら、ゆっくりじっくり読みなおす」ことに尽きます。そして、「○○は、」などの言葉が、きちんと適切な述語などに結び付いているか、それを確認しましょう。

 

特に、1つの文章が長くなった場合は、文の最初と最後がうまく対応しなくなってしまうことがよくあります。

 

また、面白いのは、これらのミスは「ほんのちょっと直すだけで正しくなる」という点です。表現を変えるというよりも、何かを削るだけでよいという場合も少なくありません。よく見直しましょう。

 

(主語とは何か、主語ではなく主題としての「〜は」などについては、またあらためます。とりあえず今のところは漠然と「主語と述語の関係」ということにしています)

■まとめ

「〜は」など文の最初の部分の、適切な「行き着く先」があるかを確認。


全体の構成:構成のパターン①事実列挙だけ型

文章全体の構成をどのようにするか。これは非常に重要です。「何が一番言いたいのか」が決まったら、それを効果的に表現するにはどのような構成が適切かを考えます。文章の設計図づくりとも言えるでしょう。

例えばよく聞くのは「起・承・転・結」というパターン。効果的な構成の一つです。

これから、パターン別に、どのような文章構成が考えられるかを見ていきます。

 

今回は、「事実列挙だけ型」です。

 

「事実列挙だけ型」の特徴

・構成といえるほどの構成がない

・序論も結論もなく、中心は事実の列挙のみ

 

この典型は、新聞などの新製品発売情報。

 

(例文。これは創作記事です)

 

 7月6日、B電気は新型スマートフォン「BBP57」を

全国で発売した。業界初の3D対応液晶画面を搭載し、

連続待受950時間の長時間駆動を実現している。店頭予

想販売価格は5万円程度。

 

上の文章には、前書きも結論もありません。書いた人の意見や主張も入っていません。ただの客観的情報のみ。ですが、これが、事実を正確に伝える文章の基本パターンと言えます。

内容が具体的であれば、筆者の感想や、大げさな修飾語(「素晴らしい」「まれにみる」など)がなくても、十分読める文章になります。

 

個人的なブログでも、内容が具体的であれば、このような「事実列挙だけ型」でも、面白いものになると思います。

■まとめ

前置きも結論も無い「事実列挙だけ型」でも、具体的であれば面白い。


基本ルール:漢字かひらがなか、送り仮名はどうする、など表記の問題

文章において「表記を統一する」のも基本ルールの一つです。

「表記」とは何か。代表的なものを、以下、解説します。

 

●漢字で書くか、ひらがなで書くか

「わかる」or「分かる」

「さまざま」or「様々」

「気がつく」or「気が付く」

「身につく」or「身に付く」

「めざす」or「目指す」

「〜するなか」or「〜する中」

「とくに」or「特に」

「ほしい」or「欲しい」

「ところ」or「所」

「よい」or「良い」

「ない」or「無い」

「おいしい」or「美味しい」

「こども」or「子ども」or「子供」 etc.

 

まだまだたくさんありますが、漢字で書くか、ひらがなで書くか、悩ましい言葉がたくさんあります。どちらが正しくてどちらが間違いということはありません。ただ、少なくとも、1つの文章においては、いろいろな書き方が混じらないように、使い方を統一したいものです。

 

============================

「補助動詞」と呼ばれるものはひらがなで書くのが普通です。代表的なものに「みる」があります。

X「食べて見る」→ ○「食べてみる」 この「みる」は、実際に目で見る意味ではないので、漢字にはしません。

============================

 

基本的には、ひらがなの方が漢字よりも柔らかい印象を与えるようです。ただ、それほど難しくない言葉でもひらがなでばかり書くのは、あまりお薦めできません。あまりにひらがなが多いとやや幼稚な印象を与えます。

 

「たべた」→「食べた」、「おちた」→「落ちた」 etc.

 

もっとも、これらも時と場合によります。フォーマルな文書の場合は、あまりひらがなばかりにならない方がいいですが、個人のプログなどでは、基本は自由でしょう。わざとひらがなを多く使っているブログも見かけます。

また、やはり読み手によっても許容範囲が違うでしょう。個人の「好き嫌い」を予測するのは難しいですが、フォーマルな文書の場合、「漢字が多過ぎる」「ひらがなが多過ぎる」「カタカナが多過ぎる」などと思わせないように気を配る必要もあります。

 

●漢字の送り仮名

「表す」or「表わす」

「少ない」or「少い」

「懐かしい」or「懐しい」 etc.

 

これらも、どちらが間違いということはありません(「懐しい」は間違いという意見もあります)。1つの文章の中で統一して使うことが大事です。

 

●漢字かひらがなか、数字か

「ひとり」「一人」「1人」これも悩ましい。

「ひとつ目は」「一つ目は」「一つめは」

「350人」「三百五十人」「三五〇人」 etc.

 

●記号かカタカナか

「%」or「パーセント」

「cm」or「センチ」or「センチメートル」 etc.

 

●半角か全角か

手書きの場合はほとんど関係ありませんが、パソコンで書く場合、特に数字やアルファベットは、全角と半角がありますので、どちらを使うか、考えておかなければなりません(カタカナにも半角がありますが、ほとんど使いません)。

これはまた、書く文章が横書きか縦書きかでも変わってきます。

横書きの場合は、数字もアルファベットも半角がいいのではないかと思います。縦書きの場合、半角だとうまく文字が並ばないこともあるので注意が必要です。

 

「Standard」or「Standard」

「1200円」or「1200円」

 

●記号類の使い方

「1200円」or「1,200円」

「10am」or「10AM」or「10a.m.」or「10A.M.」

 

●数字の書き方

「35000円」or「3万5000円」or「35,000円」or「3万5,000円」

 

●「」と『』

二重カギ括弧『』は、書籍・雑誌名、映画名、テレビ番組名など、なんらかの作品に使うことが多いようです。

また、「」の中にさらにカッコが必要な時も『』を使います。

 

いずれも、「絶対こうしなければならない」という決まりはありません。でも、何らかの基準がほしいという場合はどうしたらいいでしょう?

新聞社や出版社では、表記に関して会社の基準を定めています。朝日新聞社では表記の基準を本にして販売していますので、こうしたものを参考にするのもいいでしょう。

また、インターネットで新聞社の記事を検索して、どのような表記を主に使っているのかを調べて参考にするのもいいと思います。ただし、最近では、新聞社のサイトを見ていても、複数の表記がけっこう入り混じっているようにも見受けられます。ネットの普及で、新聞記者だけでなく、フリーライターや著名人など様々な人々の原稿が飛び交うようになり、昔に比べ表記の自由度がアップしたのかもしれません。

 

いずれにせよ、あるまとまった文章の中では、意図する場合を除き、表記を統一するのが基本です。

■まとめ

ある程度のまとまった文章の中では、漢字や送り仮名の表記を統一する。


一番言いたいこと:「タイトル決め」は最重要事項

文章に「読み手の興味を引くタイトルを付ける」――これは、別のページで解説している「自分が一番言いたいこと(結論)をしっかりと決める」と同時にやらなければならないことです。

 

タイトルは非常に重要です。タイトル次第で、読み手が興味を持ってくれるかどうかが決まってきます。ブログ、雑誌記事、書籍などでも、工夫を凝らしたタイトルを付けることに多くの労力を費やしています。みなさんも、タイトルに引かれて記事を読んだり、本や雑誌を買うということがけっこう多いのではないでしょうか(もっとも最近では、タイトルで勝負とばかりに、書籍のタイトルを過激にして売り上げを伸ばそうという出版社も少なくないようです。タイトルを見ると面白そうなのに、読んでみると内容は大したことない、という本が批判されていることもしばしばです)。

 

出版社などのプロがタイトルを苦労して付けているのと同様に、プロではない個人であっても、文章を書く場合にはタイトルをどう付けるかに力を入れるのは大事です。

 

そしてさらに、タイトルを考えるという行為は、実は、「自分が一番言いたいこと(結論)をしっかりと決める」こととほぼ同じなのです。一番言いたいことが決まっていれば、おのずとタイトル案も浮かんでくるでしょう。逆に、タイトル案が浮かばないということは、その文章で何が言いたいのか、何を主張したいのかがはっきりとしていないということです。その場合はあらためて、自分が何を言いたいのかを考えてみましょう。

 

もっとも、言いたいことが決まっていても、最初から「これだ!」という魅力的なタイトルはなかなか出てこないかもしれません。ですので、初めは仮のものでもかまいません。最初は仮のタイトルを付けておき、一通り文章を書き終わった後で、よりよいタイトルをじっくりと考えればいいのです。

 

文章の種類、読む相手で「よいタイトル」は変わる

 

さてでは、具体的にはどのようなタイトルがよいのでしょうか。上には「自分が一番言いたいことが決まれば自然とタイトルも決まってくる」と書きましたが、実際、どのようにそれを表現するかということになると、その文章の種類や目的、読む相手によって、かなり違ってきます。

 

いくつかのパターンに分けて考えてみましょう。「会社の企画書」、「転職の際の志望動機書」、「国際経済に関する小論文」、「個人のブログ」の4種類の文章を書くとします。それぞれのタイトル例です。

 

(例1)そのまんま標題タイプ

 

(会社の企画書)「新規事業企画の件」

(転職の志望書)「私の志望動機」

(経済の小論文)「国際経済について」

(自分のブログ)「今日のデキゴト」

 

(例2)具体性を高めたもの・自分の主張も入れる

 

(会社の企画書)「新顧客データ収集エンジンで農業分野進出」

(転職の志望書)「仏語での折衝力を新規事業で生かしたい」

(経済の小論文)「5年後にTPPは本当のメリットを生む」

(自分のブログ)「F1かと思った、今日のバス」

 

例1のような、「〜の件」「〜について」でもOKの場合もありますが、やはり一般的には、例2ぐらいまで具体性を高め、自分の主張(一番言いたいこと)を入れるのがいいと思います。

ちなみに新聞記事のタイトルは、具体性はありますが、大半は主張がありません。新聞の役割は、まず客観的事実を伝えることでしょうから、「何が、どうした」だけでタイトルを作ることが多いようです。

たとえば、

 

「マイクロソフト、新OS発売」

「日経平均、10日連続上昇」

 

というようなタイトルが基本です。これはブログには応用しやすいですね。

 

「クラブの先輩がゴールイン!」「新宿3丁目で激ウマ手羽」

 

といった感じでしょうか。(「激ウマ」には、ちょっと筆者の主張が入っているかもしれません。)

 

次です。

 

(例3)広告風に盛り上げてみたもの。具体性がやや消えているのもあります。

 

(会社の企画書)「我が社のEP技術が日本の農業を変える」

(転職の志望書)「会社に新風と旋風を巻き起こします」

(経済の小論文)「世界経済復興から取り残されるな」

(自分のブログ)「一緒に来た、最高と最悪の瞬間」

 

ちょっとやり過ぎというのもあるかもしれませんが、まあ、こんな風にもできるということで。

これらに共通しているのは「変える」「巻き起こす」「取り残される」「最高と最悪」といった刺激的な言葉です。上手に使えば効果的ですが、使い過ぎには注意しましょう。具体性が消えているのもマイナスポイントです。

 

(例4)なんだか思わせぶりな抽象的タイトル

 

(会社の企画書)「決断」

(転職の志望書)「決断」

(経済の小論文)「決断」

(自分のブログ)「決断」

 

抽象的な言葉は何にでも使えます。4種類、全然違うジャンルの文章ですが、全部「決断」というタイトルでもいけそうです。ただ、文章の中に、文章とタイトルがうまく絡んでいる、つまり、何らかの納得できる、あるいは感動できる「オチ」が必要です(「決断」という言葉を中心に盛り上げる必要があるということです)。

 

この他にもいろいろパターンがあると思いますので、またあらためてまとめ直します。

 

また、文章に付けるタイトルは、1つだけの場合もあれば、サブタイトルも付けたりする場合もあります。必要な場合は上記(例1)〜(例4)を適宜組み合わせることになります。

逆に、これらの組み合わせをうまく使うことによって、効果的で面白いタイトルを作り出すことができます。

 

余談です。

タイトルは重要です。ただ、世の中にはタイトルが付いていない文章もけっこうあります。朝日新聞の「天声人語」などもそうですね。個人的意見ですが、「天声人語」にタイトルが付くと、もっとわかりやすいコラムになるのではないかなどと思っています。付けるの難しいのかな。

■まとめ

タイトルは超重要。基本は「具体性」。ただその他にもいろいろな技法がある。


言葉の選択:話し言葉と書き言葉

内容は同じでも、状況によって話し方は変わります。例えば誰かを食事に誘う場合でも、相手が友だちか、会社の上司か、部下か、家族か、小さい子供か、あるいは知り合ったばかりの人か、などで、言葉遣いや声の調子などが違ってくるはずです。「めし食いにいかない?」「ご一緒お食事でもいかがですか」「おい、行くぞ!」などなど。

 

文章を書く場合も、その文章を誰に何の目的で読ませるのかによって、おのずと書き方が違ってきます。堅い文章がよい場合もあれば、柔らかい文章の方が適切な場合もあります。

 

一般的に、話し言葉に近い言い回しが、柔らかい印象を読む人に与えます。このブログでも、かなり話し言葉っぽい単語をわざと多めに使っています。

しかし多くの場合、例えば会社や学校で必要な文章を書く時などは、堅めの文章を書くことになるでしょう。その際に注意したいのが、文章に話し言葉が混じらないようにするということです。フォーマルな文書に話し言葉が混じると、幼稚な印象を相手に与えてしまう恐れがあります。

 

次の文は会社での報告書です。

 

 天候が不順だったので、7月の売り上げは前月比

2%減となった。

 

 天候が不順だったから、7月の売り上げは前月比

2%減となった。

 

この中の「ので」や「から」は話し言葉っぽい感じがします。「ので」「から」を「ため」に変えて、

 

 天候が不順だったため、7月の売り上げは前月比

2%減となった。

 

ちょっと変えるだけで、かなりフォーマルな印象になります。

 

でも難しいのは、「じゃあどの言葉が書き言葉っぽくて、どの言葉が話し言葉っぽいの?」という点。それから、「どの言葉なら使ってよくて、どの言葉なら使っちゃだめなの?」という点。これは正直言って、はっきり線を引くことができません。また、やっかいなことに、読む人によっても許容範囲や感じ方が違ってきます。

 

一つの目安として、フォーマルな文章の例として新聞記事を参考にするのがよいのではないかと思います。どのような表現を使っているかを意識して、新聞を読んでみましょう。もっとも、最近では新聞社もインターネットで様々なタイプの記事を配信しており、中にはとっても柔らかい表現を使った記事もありますので、今自分がどんなタイプの記事を読んでいるのかということにも常に注意を払っておく必要があります。

■まとめ

フォーマルな文章の中に「話し言葉」が混じり過ぎないように注意。


一番言いたいこと:「自分が一番言いたいこと」は何?

どんな文章を書く場合にも、最初に、その文章で「自分が一番言いたいこと」をしっかりと確認することが大事です。これは「結論」と言ってもいいでしょう。文章を書く時は、結論、すなわち目標地点が何になるかを最初に決めましょう。目標地点が決まってなくてただ何となく書き進めていくと、文の内容があっちに行ったりこっちに行ったりして、まとまりがなくなってしまうことも少なくありません。全体としていったい何を言いたいのか、わからない文章になってしまいます。

 

もっとも、書き進めるうちに考えが深まり、結論が変わってくることもあります。それはそれでかまいません。別ページで解説している「タイトル」や「全体の構成・流れ」とも関係してきますが、結論が途中で変わったならば、また全部を見直せばいいのです。要は、書いている時に、その時点で自分はどこに向かっているのかということを、しっかりと心に留めておくことが大事なのです。

 

また、会社の書類などでは、自分が一番言いたいこと、というより、書かなければならないことが決まっていることも多いと思います。そういう場合は、何を書かなければならないかを間違いなく認識しておくことが重要です。

 

結論(言いたいこと、あるいは、書かなければならないこと)は1つだけとは限りません。場合によっては2つ、3つとなることもあるでしょう。そのような場合は、まずは結論だけ箇条書きにメモしておきましょう。パソコンを使っているならば、最初に、後ろの方に結論を書いておくというのもいいと思います。

■まとめ

書き始める前に「自分が一番言いたいこと」(結論)を定める。


言葉の選択:正しい言葉、間違った言葉

言葉というものはどんどん変化しています。数十年前には「完全に間違い」だったものが、だんだんと「○○の誤用」と言われるようになり、それが最終的には「○○と同じ」、あるいは正誤が逆転してしまったのではないかと思われるようなこともあります。

例えば、私が小さい頃は、「早急」は「さっきゅう」、「重複」は「ちょうふく」と読まないと完全な間違いでしたが、今では「そうきゅう」「じゅうふく」でも間違いとはされていません。いや、国会中継を見ていると、「そうきゅう」「じゅうふく」と言う国会議員の方が多いように思います。

 

そこから推測されるように、個人によっても「正しい」「正しくない」の判断が違ってきたりします。ネクタイは普通は「締める」ですが「着ける」でもOKか。「ほぼほぼ」という言葉を使うといやな顔をする上司がいるかもしれません。そういえば「ボリューミー」という言葉が、私が昔いた職場ではよく使われていましたが(「あの店のランチはボリューミー」といった風に使用)、こうした「新語」に対する許容度も人によって違ってきそうです。

 

また、昔からの言葉でも人によって解釈が違ったりします。「喉元すぎれば熱さを忘れる」という言葉がありますが、「時間が経てば忘れてしまう」という意味だけでOKとする人がいる一方で、「同じ失敗を繰り返す」という意味も含めないとダメ、という人もいるようです。

 

言葉の変化には敏感でいたいし、新しい言葉も使ってみたくなりますが、それと同時に、文章を書く都度、読み手にどのような印象を与えるか、あるいは誤解を与えないか、考慮する必要もあります。

■まとめ

言葉は変化していること、人によって許容範囲が違うことも頭に入れておこう。


言葉の選択:鼻息を荒くする

新聞記事などには好んで使われる(使われた?)独特の言葉があります。今でも覚えているのが、「鼻息を荒くする」「にんまり」「自信たっぷり」です。

 

例)新聞記事

開発部のA課長は「来期10%増を目指す」と鼻息が荒い。

例)新聞記事

開発部のA課長は「見込み通り」とにんまり。

例)新聞記事

開発部のA課長は「目標達成は確実」と自信たっぷりだ。

 

個人的にはどれもあまり好きではありません。実際に鼻息が荒かったのでも、にんまり笑ったのでもないでしょう。でもこういう表現は、なにか、新聞記者の古風な習慣のようになっているようです。相手の態度や心理を見透かしているという、上から目線の匂いが強いようにも感じます(というより、昔からよく使ってるから使ってるだけかもしれませんが)。

「イタチごっこ」などという表現も、ちょっとどうかなあ。。。

 

なぜ私はこういう表現が嫌いなのかを考えてみました。で、恐らく、「あまりに使い回しされている」という印象があるからなのではないかと思いました。表現を豊かにするはずの言葉が、逆に表現の個性を無くしてしまっているのです。

 

こうした表現も、ここぞ、という時に使えばいいのかもしれませんが。

■まとめ

無批判に習慣化された表現は、陳腐な印象を与えることもある。


間違いやすい語句:意味が重複した言葉

マイクロソフトのワードを使っていると、間違った言葉の使い方をしている部分に赤または緑の波線が自動的に引かれます(該当機能をオンにしている場合)。私が文章を書いている時に、この便利なソフトによく指摘されるのが、

 

「まず最初に」

 

という言葉。

どこが間違っているのかというと、「まず」と「最初」が、意味がダブっているのです。同じことを2度言っているのです。

「まず最初に」ではなく、「まず」もしくは「最初に」だけでよいのです。

同様に、「一番最初に」も間違いです。

こういうのはなかなか治らないクセです。

 

また、

 

「従来より」あるいは「従来から」

 

という書き方。

これは、意味の重複とはやや違うかもしれませんが、「従来」に「より」や「から」が付くのは間違いです。これも実は私がよく書いてしまうミスの一つです(ただ、ネット上の辞書ではOKにしているものもあるようですが)。

 

意味の重複には、わかりやすいところでは以下のようなものもあります。

 

「馬から落馬する」「頭痛が痛い」

 

でも、

 

「今朝の朝刊」・・これはOKか? 意見が分かれそうです。(「今日の朝刊」が正しいという人もいます)

 

難しいところでは、

 

「上に上げる」「違和感を感じる」「返事を返す」などなど。

 

インターネットで調べたところ、ほとんどの人が上記3つは間違いではないとしているようです。

この辺り、「自然な表現か」というのが最終的な判断基準のようで、でもそれはかなり曖昧でもあります。

 

じゃあどうすればいいの、ということですが、私の場合は上のようにインターネットで調べています。そして自分なりに判断します。その際には、読む相手のことを頭に浮かべたりもします。

 

余談ですが、このブログのタイトルに付いている「間違いやすい」という表現。「間違いやすい」、いや、「間違えやすい」が正しいのではないのか、と悩みました。ネットで調べたところ、どちらもOKのようです。「間違う」と「間違える」という、異なる2つの動詞があるため、それぞれの変化形として、2通りがあるようです。

■まとめ

意味の重複言葉に注意。インターネットなどで確認しよう。


基本ルール:「です・ます」か、「だ・である」か

文章を書き始める前に決めておかないといけないのが、基本的な文体をどうするかです。「文体」という言葉は、さまざまな文の種類を指す場合がありますが、ここで取り上げる「文体」は限定的なもので、次の2種類を指します。一つは、たとえば文章の末尾を、「…です。」「…ます。」という丁寧な終わり方にするもの。もう一つは、「…だ。」「…である。」という形にするもの。この2つです。前者を「丁寧体」または「敬体」、後者を「普通体」または「常体」と言ったりもします。

 

(この場合とは別に、「文体」という言葉は、たとえば「かしこまった感じの文体」「あの作者の文体」といったように使われることもあります)

 

そして、この2種類のうちどちらかに決めたならば、全部の文を、決めた方の書き方で書くのが基本です。ある文は丁寧体なのに、ある文は普通体というように、1つの文章に2つスタイルが混在してはいけません。

(例文1。良くない例)

その店は朝6時にオープンする。早朝なのに開店前からいつも長い行列ができています。人気の証拠である。

 

文末だけではなく、文の途中でも気を付けなければならない場合もあります。

(例文2。あまり良くない例)

新鮮な野菜がそろっているのが人気の理由だが、それだけではありません。

    ↓

(例文3。例文2を修正した例、丁寧体に統一)

新鮮な野菜がそろっているのが人気の理由ですが、それだけではありません。

 または、

(例文4。例文2を修正した例、普通体に統一)

新鮮な野菜がそろっているのが人気の理由だが、それだけではない。

 

では、どういう場合に「…です。」「…ます。」といった書き方がよくて、どういう場合に「…だ。」「…である。」という書き方がよいのでしょうか。

これはやはり、「誰」に「何」を伝える文章であるのかによって判断するしかありません。

 

会社内の報告書や大学のレポートなどでは、普通体(常体)で書くのが一般的ではないでしょうか。一方で、会社で作る書類であっても、新製品の特徴を一般の客にウェブなどで読んでもらう場合は、丁寧体(敬体)で書くことが多いでしょう。どちらで書いた方がいいかは、ある程度、会社や学校でルールが決められていると思いますので、まずはそれを確認しましょう。

 

一般的には、客への案内などは丁寧体の文章で書かれることが多いようです。丁寧体の方が、その名の通り、丁寧な印象を読む人に与えるからでしょう。とくにお詫びの文章などは、必然的に丁寧体になります。お詫びする時に普通体で書くと、お詫びしていると受け止められないかもしれません(「このたびは弊社の不備により多大なご迷惑をおかけした。ここに深く謝罪する。」——などと書かれても、謝罪している雰囲気は出ませんよね)。

 

個人的な意見ですが、丁寧体で文章を書く方が少々難しいような気がします。文章の中身(言いたいこと)に加えて、形式にも気を配らなければならないことが多いからです。このブログも「…です。」「…ます。」の丁寧体で書いていますが、私自身もけっこう難しいなと感じています。丁寧な印象や親しみやすさを読み手に与えるのはいいのですが、無意識のうちに話し言葉に近い書き方になって、主語と述語がうまく合っていないなど、文法的な破たんが起きやすくなる傾向があるようなのです。

 

また、丁寧体を使った、次のような文はどうでしょう。

(例文5)

 ①Aスタジアムの収容人数はBスタジアムよりも多いです。

 ②参加者は非常に少なかったです。

 ③会場の壁は白いです。

 ④選手たちの活躍を大いに期待したいです。

 

「多いです」「少なかったです」「白いです」「期待したいです」という部分は、書き言葉というよりも話し言葉という印象が強いような気がします。間違いとは言えませんが、書き言葉としてはちょっとした違和感、たとえばなんだか幼稚な印象が残ります。

こうしたことから、必要な時以外は、「…だ」「…である」といった普通体の文章を書くことをお薦めします。

 

*なお、丁寧体と普通体を混在させるのは基本的には避けるべきなのですが、意図的に混在させて、何らかの表現手法とするケースもあります。文章作成の「応用編」の一つと言えるでしょう。これについては別のところで解説します。

*ちょっと話がずれますが、日本語と違って英語には丁寧体と普通体の違いはありません。これは翻訳の時に問題になってきます。英語から日本語に訳す時に、丁寧体がいいのか普通体がいいのかを考えなければならないのです。このような英語と日本語の違いに目を向けることが文章作成に役立つということも、別のページで解説したいと思います。

■まとめ

「です・ます」調か「だ・である」調かを1つの文章内で統一


概説:自分が理解していないと、わかりやすく書けない

言葉の意味をよく理解していないのに、気にせずその言葉を使っているのではないか、と思われる文章に出合うことがよくあります。

 

例)ビッグデータなど最新のマーケティング手法に常に敏感になり・・・

 

こんな文があったとします。でも、「ビッグデータ」って「最新のマーケティング手法」なんでしょうか?

 

例)地球温暖化ガスの増加によって二酸化炭素の排出量が増え、・・・・・・・

 

「二酸化炭素」は「地球温暖化ガス」の一種ですので、このような書き方はちょっとヘンです。

 

結局、よく知らないこと、十分に理解していないことを書くと、一見もっともらしくても、意味不明のわかりにくい文章になってしまいます。

 

例)企業はコンプライアンスに従い、その社会的責任にコミットすることが

 経済のサステナビリティにとって重要アジェンダなのだ。

 

↑テキトーに書いてみました。私は「コンプライアンス」「コミット」「アジェンダ」という言葉をよくわかっていません。それでもテキトーに書いてみました。私自身、意味不明の文章です。真似しないでください。

 

わかりやすい文章を書くためには、自分が書いていることについて、できる限り理解していることが大事です。理解していてもわかりやすく書くのはなかなか大変なのですから、ましてや、自分でわかってないものを人にわかってもらうというのはとても無理です。

ですので、自信のない言葉があったら、Googleなどを使ってよく調べたり、人に聞くことが大事。少々めんどうな作業ですが、これを避けてはいけません(自戒でもありますが…)。それでもわからなかったら、その言葉を使うのは止めましょう。

■まとめ

よく理解していない言葉は調べる。あるいは使うのを止めよう。


基本ルール:段落の最初は1文字空ける

いくつかの文がまとまったものを段落と言います。そして段落の最初は1文字空けます。

 

 コミュニケーションというものは複雑だ。同じ

言葉であっても、その意味は状況によって大きく

異なってくる。

 例えば、誰かが誰かに「おめでとうございます」

と言う場合を考えてみよう。・・・

 

といった具合です。

でも、もうお気付きかもしれませんが、このブログでは段落の最初を1文字空けていません。

インターネットの普及によって、文章を書くスタイルもかなり変わってきました。バリエーションが増えたと言った方がいいかもしれません。インターネットのニュースやブログを見ると、このブログと同じように、段落の先頭でも1文字空けない場合が多くなっています。

 

また、↑このように、適当にアキを1行入れたりすることもよくあります。

1文ごとに改行をどんどん入れることもあります。

こんな感じです。

確かにこの方が読みやすいかもしれません。

書く方も書きやすいかも。

前後のつながりをあまり気にしなくていいので。

 

しかしやはり、仕事で何か文書を書く場合や、就職活動の際に志望動機書を書いたり、何らかの小論文を書いたりする場合は、昔ながらのルールを守り、各段落の最初は1文字空けるようにしましょう。とりあえず今のところは、その方が「正しい書き方」であると考え、インターネットのブログなどでは臨機応変に、という姿勢がいいと思います。新聞や雑誌では、ほとんど段落の最初は1文字空けています。

 

余談ですが、英文の場合、「段落の最初を空ける」「段落の最初を空けない」「その章の最初の段落だけ段落の最初を空けない」など、複数のパターンがあるようです。

■まとめ

ブログとフォーマルな文書のルールを区別。段落先頭は1文字空ける。


概説:誰に何の目的で読ませるのか

「わかりやすい」という言葉を何度も使っていますが、 いったいどういう文章がわかりやすくて、どういう文章がわかりにくいのでしょうか。自分ではわかりやすく書いているつもりでも、読む人にとってはよくわからないということが往々にしてあります。

 

文章作成の基本的なルールや、文章を磨く具体的なテクニックは個別に解説していきますが、まず大事なのは、「誰」に「何」を伝えるのか、それをしっかりと確認することでしょう。別の言い方をすれば、文章の「ジャンル」や「読者」をしっかりと認識するということです。その上で、どのような書き方――内容、表現、構成など――が適切なのかを考えます。読む人がどのような文章を求めているのか、その人にとって「わかりやすい」文章はどんなものかを一生懸命想像すること。わかりやすい文章を書く上での大事な作業です。

■まとめ

読む人は誰か、その人が何を求めているのかをじっくりと考える。


概説:「すらすら書ける」と「わかりやすい」、そして「めんどくさい」

世の中には文章を「すらすらと書ける」人がいます。生まれついての才能なのでしょうか。実は私は、小さい時から文章を書くのが苦手で、それが何の因果か文章を扱う仕事に就いてしまい、長年自分で書いたり人が書いたものを読んだりしているうちに、何とかそこそこ文章を扱えるようになりました。だから「すらすらと書ける」人がうらやましいです。

 

もっとも、すらすらと書かれたものが読みやすいものかどうか、その点は一考する必要がありそうです。

①すらすらと書かれたもの → 読みやすい(わかりやすい)

②すらすらと書かれたもの → 読みにくい(わかりにくい)

③時間かけて苦労して書かれたもの → 読みやすい(わかりやすい)

④時間かけて苦労して書かれたもの → 読みにくい(わかりにくい)

という4パターンがあるとすれば、一般的に評価が高いのは①と③、つまり結局はできたものの読みやすさ、わかりやすさではないでしょうか。

 

でも①は天才型というか、なかなか難しいので、私を含め多くの人は③を目指すしかありません。

文章を書くというのは、一部の天才型の人を除き、時間がかかり苦労も少なくない作業。あくまで私個人の意見ですが、文章作成は「とってもめんどくさい」作業だと思います。

 

もっとも、パソコン(ワープロ)の登場以来、めんどくささはだいぶ軽減されました。私の場合、最初から流れよく書けないので、まずさっと原稿を書き、その後、切ったり貼ったり(コピペ)の繰り返しです。もうこのスタイルに慣れてしまいましたので、たまに手書きで原稿を書かなければならないような時はひどく苦労します。

■まとめ

文章を書くのはそんなに簡単ではない。じっくりコツコツという姿勢で。


概説:文章に「正解」は無い。でも「わかりやすい」文章を

文章の書き方には「正解」はありません。たとえば、誰にも読ませないことを前提とした日記を書く場合、漢字が間違っていようが、文法が変であろうが、そんなのはどうでもよくて、日記を書いている自分が満足できればそれでいいのです(たまに、後で読み返した時に、自分で書いたことが理解できず、悩むようなこともあるかもしれませんが…)。

 

 

でも、誰かに読ませる文章を書く場合は違います。何かを正しく伝えるためには、やはりある程度の決まりに従った書き方をする必要があります。

でもその場合も実は「正解」などというものはありません。文章にはさまざまな書き方がありますし、人によって異なるその書き方が、その人の「味」として良い効果を出すこともあります。

 

ただし、そうした「味」を出すことよりも大事なのは、「誰」に「何」を伝えるのかをしっかりと確認し、読む人にとって「わかりやすい」文章を書くことです。とくに、「わかりやすい」というのは最も大事なポイントです。自分ではわかりやすく書いているつもりでも、読む人にとってはよくわからないということが往々にしてあります。

 

いったいどういう文章がわかりやすくて、どういう文章がわかりにくいのか。どうやったらわかりやすい文章を書くことができるのか。

「誰」に「何」を伝えるかによってその方法は少し違ってきますが、この講座では、まずはほとんどの場合にあてはまる、わかりやすい文章を書くための注意すべき点を解説していきたいと思います。

 

また、わかりやすい文章を書くことを「基本」とするならば、味のある文章を意図的に書くのは「応用」とも言えるでしょう。この「応用」としての文章の書き方も、別途、解説したいと思います。

■まとめ

文章に「正解」が無いことを認識しつつ、「わかりやすい」文章の作成を目指す。


基本ルール:「主語」「述語」…… 基本的な用語②

実は日本語の文における「主語」「述語」あるいは「主部」「述部」が何を指すかにはさまざまな意見があります。しかし、このブログではあまり深入りしないで、曖昧なまま「主語」「述語」などの言葉を使っています。

 

基本的に、

「●が▲する。」

「●は▲だ。」

といった形の文の場合、●を「主語」、▲を「述語」と言います。

●や▲が長い場合は、「主部」「述部」と呼ぶこともあります。

 

例えば、

「父が屋根を修理する。」だと、動作主である「父」が主語で、「修理する」が述語です。

 

また、

「父はこの病院の外科医だ。」だと、「父」が主語で、「外科医だ」が述語となります。

 

大事なのは、

★「主語(主部)」と「述語(述部)」はきちんと対応していなければならない

ということです。

短い文だとわかりやすいのですが、長い文になると、この主語と述語の対応が意外とわかりにくくなり、間違った構造の文章ができあがってしまうこともあります。また、1つの文の中に複数の述語がある場合も、複雑になります。

これらについては別のページで解説しています。

 

主語がわかりにくいケースもあります。

次は、三上章という人の、有名な文です。三上氏の日本語文法に関する本のタイトルにもなっています。

 

「象は鼻が長い。」

 

さてこの文の主語は何でしょうか。

述語は「長い」でいいかな、と思われます。

「象」が主語だとすると、「象」は「長い」となり、述語とのつながりがヘンです。

「鼻」が主語だとすると、「鼻」が「長い」で、こちらのつながりはOKのようです。

そうすると、「鼻」が主語で、「長い」が述語ということになります。

では「象は」は一体何でしょうか? これは実は、日本語の大きな研究テーマになっています。

 

この辺り、日本語の難しいところです。日本語を「主語」や「述語」で分析することはできない、という人もいます。

一つの無理矢理な解釈としては、

「象は鼻が」までを「主部」ととらえ、「長い」を述語(述部)ととらえる、

ということも考えられます。でもわかりやすくないですね。。。

 

ここではこれ以上深入りはしません。

大事なのは上の★印で書いていることです。ただ、何が「主語」かがわかりにくいこともあるので、これを、「主語」という言葉を使わずに書き換えるならば、

 

★文の出だしと最後の方が、きちんと対応しているかが大事

 

あるいは、

 

★文の出だしと、文の途中の言い回しや、最後の方の言い回しがきちんと対応しているかが大事

 

ということになります。つまり、いつも文の全体を見ながら文を書かなければならないということです。とくに1つの文が長くなる場合は気を付けなければなりません。

具体的な例などは別のページで解説しています。

■まとめ

「主語」の定義は難しい。最初と途中と最後がきちんとつながっているかが大事。


基本ルール:「文」「段落」「文章」…… 基本的な用語

文章を作成するに当たって知っておきたい基本的な用語とその意味を解説します。

ただし、以下の解説は、絶対に「これが唯一の定義」というものではありません。

なるべく一般的に使われている用語とその意味を解説しますが、人によって、あるいは解説書によって、使い方が違う場合もあることを頭の隅に置いておいてください。

 

「文」:マル(。)が来ると、1つの「文」が終わったことになります。たまに、マル(。)ではなく、「?」「!」といったマークで終わる場合もあります。ちなみに、マル(。)は、「句点(くてん)」とも言います。テン(、)は「読点(とうてん)」です。

「文」は英語ではセンテンスと言われます。

 

「段落」:文がいくつか集まってカタマリになっているのが「段落」です。各段落の先頭は1文字分空けるのが基本的なルールです(別ページを参照してください。ブログなどではこのルールが当てはまらなくなっています)。1つの段落には複数の文があることが多いですが、文が1つだけでも段落とみなすこともできます(下記)。

「段落」は英語ではパラグラフと言われます。

 

「改行」:段落を別の観点から見ると、それは、「改行が入るまでの、いくつかの文の集まり」とも言えます。逆に言えば、つまり、「改行」すると、そこで1つの段落ができたことになるわけです。

1つの段落には複数の文が入っていることが多いですが、1つの文だけでも、その文が終わったところで改行を入れれば、「1つの文だけの段落」ということになります。

ただ最近では、インターネットのブログなどで、1つの文ごとにすべて改行している文章も多く、そうなるともう、従来の「段落」という概念ではちょっととらえられないような状況にもなっています。このブログもそうですが、インターネットでの文章の書き方は、「ちょっと基本とは違う」と考えておいてください(将来的には、インターネット上の書き方の方が標準になるのかもしれませんが)。

 

*「段落」の役割

 「段落」は通常いくつかの文の集まりです。そしてその段落がいくつかつながっていって、全体の文章ができあがります。

文章を書く上で大事なことの一つが、「それぞれの段落にどのような意味・役割を持たせるか」ということです。

「段落」はいくつかの文の集まりですが、単にテキトーな数の文が集まったところで区切ればいいというものではありません。「その段落で言いたいこと」あるいは「その段落の役割」がまずあって、1つの段落にはそれに関する文がいくつか集まっているというのが基本です。

これについては、また、別のページで解説します。

 

ただし、あまりに1つの段落が長くなりそうな場合、段落としての内容や役割は同じでも、区切りのいいところで改行を入れていったん段落を終わらせることもよくあります。これは主として、読みやすくするためです。「ずっと改行が無い」=「1つの段落がとても長い」と、大変読みにくくなります。ですので、基本は「意味や役割の区切りで改行して段落を作る」ですが、加えて、「適宜改行を入れて段落を作り読みやすくする」ということも覚えておいてください。

 

「文章」:いくつかの段落が集まって完成したものが「文章」です。段落が1つしかない場合もあります。ただし、この「文章」の定義はそれほどはっきりしたものではなく、また、「文」と「文章」は、あまり厳密には区別されていません。ですが、このブログでは、基本的には、「文」はマル(。)で区切られる1つ1つの文のことを意味し、「文章」は、複数の「文」が集まって「段落」になり、そして「段落」が集まって(ある程度)完成したもの、の意味で使います。

(もっとも、このブログでも、上記のルールを厳密に守っていない場合もありますのでご容赦ください。その都度、なるべくわかりやすいように書いているつもりではあるのですが……。)

 

 

「1行の文字数」:新聞や雑誌、本を見ると、1行の中にいくつの文字が並ぶか決まっていることがわかります。新聞はかなり少なく、1行に入っている文字数は15文字程度です。雑誌はもういろいろ。

さて、自分で文章を書く場合、1行に入れる文字数はいくつにすればいいのでしょうか。これはまず、会社なら会社の、学校なら学校の決まりに従うしかありません。

例えば、大学でレポートを提出するといった場合、A4サイズの紙に横書きで書くならば、1行の文字数はだいたい35字から40字くらいに設定することが多いのではないでしょうか。新聞の1行文字数に比べると、大変多い数です。

 

で、この1行の文字数がいくつかによって、どれくらいの頻度で改行を入れる(段落を作る)のが読みやすいかが変わってきます。新聞のように1行の文字数が少ないとどんどん行数が増えていくため、早めに改行しないと読みにくくなってしまいます。しかし、1行40文字くらいのレポートだと、改行が多いと逆に読みにくくなったりします。この辺りはどちらかというと「形式」とか「見た目」の話ですが、これも実は重要な要素なので、別ページで解説したいと思います。

 

また、インターネットのブログやメールなどでは、やはり事情が違ってきます。

皆さんはパソコンで電子メールを書く時、1行の途中で改行を入れていますか、それとも特に気にせず画面の右端までどんどん書いていっていますか。

一般的に、パソコンで電子メールを送る時は、適宜改行を入れた方がいいと言われています。しかし一方で、改行を入れなくても、受信側のソフトで自動的に整形してくれたりするので、そんなことは不要という人もいます。

これについても、また別のページで議論したいと思います。

 

「縦書き、横書き」:日本語には縦書きと横書きがありますが、パソコンの普及も手伝ってか、自分で文章を書く場合は横書きというのが多いのではないでしょうか。新聞記事は縦書きですが、ほとんどの新聞記者はパソコンで横書きで原稿を書いています。文芸系の書籍、多くの文庫・新書もまだ縦書きですね。ですが徐々に横書きが増えてきているようにも感じられます。縦書きに関する特別な知識が必要なのは、一部の編集者・デザイナー・印刷関係者だけになってきているようにも感じられます。

この文章講座では、横書きを基本として話を進めています。縦書きについては、「縦書きが良い理由」など、機会があれば。。。

■まとめ

文章作成に関する基本的な用語を知ろう。ただし、定義は一定ではない。